Sunday, December 22, 2013
第二十九章 時間系列的文化の伝承と人類全体のユニヴァーサルテクノロジーの進化Part1
本章に至る迄の人類学的な個人的なツール所有という意味での出来事的な進化過程は次の様なものと見做してよい。
○言語を持ち嘘(虚偽申告)が可能となったこと。
○貨幣が流通し、貧富の差を拡大させ、階級差を作ったこと。
○銃器の発明に拠って個人的に他者への殺傷能力を飛躍的に向上させたこと。(戦争道具としての銃器はもっと早い時代からだが、個人所有はもっと最近である。)
○車の発明に拠って個人の移動を容易にさせたこと。(銃器と車のいずれが先後となるかは、今手元に資料がないので断言出来ないが、フォードの車というものを今一応念頭に入れている。)
○マシーン、ツール、ディヴァイスの進化に拠って、より個的な非リア充的な日常生活での時間(検索、ゲーム、通信その他)を全ての個人へ持たせたこと。
これらの進化過程では全て言語行為が関わっている。
銃の発明は戦争以外でも目的殺人の為の手段を個人へ与えたが、これも言語行為を通して利害関係を構築している事に於ける利害の衝突が生む敵対者の抹消意図に拠るものである。
車に拠る移動それ自体は歩行の延長であるが、住む土地、仕事で訪れる土地への移動とは、一人で移動する場合は言葉を遣うことはないが、あくまで人間社会での移動とは次に住む土地、次に勤務し出張し仕事をする土地で言葉に拠る遣り取りをするという意味で、近い未来の言語行為の為の準備という意味合いがある。
空間移動を可能とさせた車以外の船舶、鉄道網の発展とテクノロジーの進歩は、各地の情報を他地域へと広範に伝播させることに貢献したが、この各地情報の伝播は産業的なこと、商業的なこと以外の文化的なことに於いて固有の融合と固有の時間的伝承に於けるモード的な変化を齎した。国家間、異民族間では商業上のピジン、クリオールを生み、例えば植民地文化の様なものに代表される多くの商業工業都市に固有のモードを時代毎に、そしてエリア、レジョン毎に齎して来た。
埼玉県小鹿野町とは近年は地域歌舞伎の上演でマスコミにも多く取り上げられてきているが、古来神楽の伝統も継承されていて、今でも神楽と歌舞伎の二本立てで文化伝承的な多くの行司が年間に行われている。1800年代、つまり文化・文政年間(文化年間1808.2.11-1818.4.22/文政年間1818.4.22-1830.12.2)からこの町では霊体祭が奉納の儀として執り行われてきた。そして十六社と呼ばれるそれぞれ異なった座の若連が存在するこの地元では、四十年前から歌舞伎保存会が設立され、六部会統合という形で伝統芸能継承を行ってきている。この伝統芸能の教育は小学校二年生の男子女子から行われていて、毎年新人育成も行っている。指導者、実演者全員が素人であることが大きな特徴である。そもそもこの種の文化伝承は営利目的のものではないことが極めて理に適っている。土地には様々な職業の人達が居て、それぞれの家庭の子供達へ地域芸能を伝承させていくことこそが重要な行為なのである。
町の小中学校では特別授業が課外活動として行われ歌舞伎を教えている。六部署で異なった歌舞伎を伝承させてきたことも特筆すべきである。元々この地域では農繁期以外は旅芸人として別の土地へ移動出稼ぎをしてきていて、お金を貯めて地元へ戻るのだ。そして地元では霊体祭の時のみ舞う。奉納、女歌舞伎も存在する。
神楽はそういった近年の地域起こしとは又歴史的には層のより古い形で伝承されている。神楽では岩戸開きが重要なテーマとして君臨し、伝承された流儀も個々異なっている。五穀豊穣として長岡中学校では伝統芸能班に拠る総合的学習も行われている。此処で生徒達は拍子木とつけの所作を習得する。そして神楽と歌舞伎の両方を一つの祭で行うのは、埼玉県のエリアでは十六社が唯一のケースである。
何人かの子供達は神楽と歌舞伎両方のお囃子の演奏を幼い内から身に付ける。それは縦の伝播として両親がやはり彼等の両親から幼い頃から教えられてきているケースが多い。要するにその演奏は身体で覚えるものなのだ。
神楽の場合宣託を狐が行い、祟る神を鎮め、豊穣のエネルギーを高める儀式である。ところでこの十六社には、宣託性は東北地方では盛んなのであるが、翻って関東地方では概ね神的祈祷が希薄であるにも関わらず、それが強く残っている等から考え合わせると、十六社では関東地方の流儀以外でも東北地方と起源的には結び付いているのかも知れない。因みに関東地方では埼玉県の鷲宮神社が最古のものと言われている。それと十六社の関係等も重要な学術的テーマとなるかも知れない。
又この神託ということの節分等との関連性等も興味深い民俗学的なテーマではないだろうか?
小鹿野町では十一月には共同芸能祭を文化センターで行っていて、各部署が寄り集まり上演し、舞うのだ。
鶴屋南北(四代目歌舞伎狂言役者兼歌舞伎役者)は天保年間(1830.12.10-1844.12.02)に秩父神社で神楽を行わせた。南北は文化五年(1812)、五十四歳の時それ迄の長い下積みの末、立作者の地位を築く(十一年四代目南北を襲名)。そして神楽自体がストーリー性を表出させたのは江戸中期以降であり、それ以前は巫女一人、天狗一人というシンプルな形で上演されていた。
尚歌舞伎では拍子木は紫檀、黒檀で作られ、つけ(叩く薄板)は樫で作られ、叩かれる広い板は檜で作られるのが習わしである。
神楽とは関東地方では里神楽と呼ばれ民間伝承的な性質のものとされる。
そして地域の地元芸能が一時的に途絶えることもあったが、それは両親から伝承していた地域芸能伝承者が継承者を作る前に他界するか、子供が居ずに伝承する機会を失して舞台上演は中断したりすることである。しかし幼い頃から何度となく舞台上演を鑑賞してきている大人が両親から伝承される形でなく自分自身、或いは地域社会の同年代の大人と協力して年配者の意見等も充分取り入れ、他地域の上演舞台を参考にしつつ古来受け継がれた自分の地元の芸能を復活復元するという作為も現代迄の途上ではあったとされる。
御神楽(長保四年1002より、或いは寛弘五年より隔年で行われ、後毎年となった)と言われる宮中儀式(新嘗祭等で行われる)と里神楽のいずれが歴史的に古いとは今手元に資料がないので何とも言えない。しかし恐らくこの二つはかなり古い時代から同時並行的に執り行われていたものと思われる。平安時代(794-1192)の四百年間の中の中期(950頃から1000位の間)に様式が確立された(90首の神楽歌が存在する)とされるので、御神楽とは、その完成形を公式のものとして採用したということとなる。と言うことは、それ以前的には関東地方での里神楽をはじめ出雲・佐陀大社(現在の佐太大社)の御座替神事の採物(とりもの)神楽(出雲流神楽)、湯立神楽(伊勢流神楽)、獅子神楽(東北地方の山伏神楽、伊勢の太神楽等)、巫女神楽等各地に伝承されたもの、或いは太神楽(伊勢神宮、熱田神宮の神人<じにん、じんにん>が各地を回り、神札を配り悪魔祓いをする神楽で大神楽とも代神楽とも呼ばれる。獅子舞と曲芸を主とし、江戸太神楽や水戸神楽へも発展した。)の統合形態として全国統治の象徴として御神楽が継承されてきたと捉えることも自然であろう。
取り敢えず私自身が今年三月九日に訪れた小鹿野町の神楽・歌舞伎上演を肉眼で確認したことで、私自身の中で展開されてきている民俗文化の時間的伝承が、人類全体のツールの発明と使用という水平伝播的な出来事と相纏って、新たな認識を私に与えている。
それは一つには時代的な生活形態とツール利用を巡る人間としての個の社会、世界への対し方の実がどの様な形で人類全体の傾向性として日本人にも体現されていたか、という一つの普遍的事実と、もう一つはそれでも尚時間系列的伝承性に於いて水平伝播全体への無意識の抵抗と民族的、民俗的なアイデンティティーの確認をも、どの時代に於いても我々が行ってきたということを示している様に思われる。
前章での空間移動の在り方の交通機関の発展に伴う変化と共に、地元共同体的な連帯意識が同時代的伝統芸能間の水平伝播と同時並行的にどの地域にも随伴されてきているという事実は、現代でも国会と地方議会、中央政府と地方自治体とがある様に、この両極の異なった性質のアイデンティティーをどの地域の個も携えている、という事実を思い起こさせる。そしてその二つの両極の間には、自分の住む市町村、かつての村落共同体と、もう少し広範に共通する気候、農産業的な同一運命共同体としての例えば関東地方という特色が、脈々とある程度自己完結的に民俗文化を形成してきている、ということ、そして突然変異的に異地方からの文化伝承が何らかの人的な移動と移入とに拠って行われたりして固有の特色を構成して全国とか国家民族的特色の一翼を担っているという事実も浮かび上がらせると言えよう。(つづき)
Wednesday, April 3, 2013
第二十八章 交通機関の発達に伴う風景認識の変化に就いてPart2 風景の切断化は必然だった
我々は自らの視界へ入るものを何等かの形で認識しようとする。それはヴィジュル的な事を語彙へ置き換えていこうとする欲望だとも言える。従ってある風景を眼前に展開させている時、「雄大な風景だ」とか「壮大なパノラマだ」とそう表現する。
つまりその様に風景を言葉に置換する事で風景と自分自身の存在との関係を表示しようとする。その点では人類が絵をかなり初期からずっと描いてきた事はその世界を風景として認識したいという欲望の顕現であり続けた、と言える。
絵を描く事だけでなく、言葉で世界を意味づける、世界をあらゆる性質で区分けする事 の全てが枠を設けてその中で世界をある情景として、ある風景として、ある状況として理解する事こそ人類が世界へ、自然環境へ、地球へ注いできた視点である。
つまりそれは形而上的に空間を理解する事、把握する事、つまり言葉とか観念とか価値としてそれらを観察する事を習慣づけた、と言える。空間をその様に意味付ける事は、即ち分節化させていき、その切り取られた世界に全的な何かを読もうとする欲望で有り続けたと言える。
言葉がそれを先取りし、その後映像、写真や映像へと発展した。言葉と絵との関係は常に並行して執り行われていたと言えるだろう。地図は一つの絵である。説明する為の図式の全て、ある道具の機能と使い方を説明する図も絵である。
どの様に広大な空間を眼前にしても尚、それを分節化させようとする意志こそが言葉を生み出させてきた。空、地平線、水平線、大地、陸地、海等の全てはそうである。
先月の20、21日に東大本郷キャンパスで行われた国際会議でオランダの哲学者であるIgor Douven氏(University of Grouningen)は発表の中で空間認識に就いてProportion of element of space makes sentenceという箇所で氏の空間認識と語彙化、言語的認識の起源に就いて触れられていたと私は解釈した。空間を要素として分節化する事こそが空間内存在者である我々が語彙を形成する契機であるとは極自然な考えである。
前回触れた交通機関等の全てはこの空間の分節化、どんなに一人間個人にとって広大な空間でも、それをあるエリアとして認識する事でそれを世界の一部として理解する事を促進する事が交通機関を発達させてきて、都市空間を人間にとってより空間全体の中のどの部分を有用なものとして認識するかの指標として作ってきたのだ。
その点では益々利便性と移動速度を増す交通機関とは、あるエリアに居住する個々人の自己の居住するエリアへの愛着とは別個に世界全体を分節化する欲望に忠実に人類が空間へと対峙してきたという事を示している。しかもそれぞれの風景は画家や詩人が絵画や詩歌を作るのに適した分節化された世界として提示されていると人類は認識してきたのである。それは恣意的に人類が居住してあるエリアをある共同体が支配するという原理を人類の基本としてきたという事だ。
しかし今郊外の都市でも大型スーパーで顔を知っている近隣のコンビニとか他の店舗で就業する従業員を見かけても名前迄は知らないという事の方が多い。かつての共同体であるなら何処其処で育ち今は何をしているかの個人のアイデンティティー迄知っていた事でも現代の郊外都市でもそういった事は少なくなってきている。
つまり我々は一般に風景や自然の有様も切断化させているけれど、対人関係に関しても全的に他者を把握しているわけではないのだ。全ての他者や社会全体に対する情報は部分化されている。切断されている。しかもその事実を憂えたりする事すらない。その自分自身の周囲の環境へのノンシャランス自体が我々の精神的リアルである。
その点では空間移動を迅速にして一日で仕事を他エリアで行い帰宅して他エリアの文化的差異を自覚する暇もなく何時もの生活へ戻る生活の反復に不平不満を持たぬ様に現代人は慣らされている。出張というリアルは他エリアへ行っても、そのエリア固有の文物に接触する事を旨としているのではなく、あくまでどのエリアでも共通したニーズの下で業務する事を強いられる現代人のルティンワークでしかないのだ。
故に民俗学的、人類学的な何等かのあるエリア固有の伝承生の事とは切断化された風景をもう一度少しずつ緩やかに変化していく徒歩旅行者にのみ把握され得る視界へ入る情報に委ねられている。つまりそういう風に江戸期迄ならどの階級の日本人でも当然の事として認識していた風景の緩やかな全貌の変化を再発見する為にもう一度足で地球を実感しようという感性を現代人に与えている。そういった新たな発見を有意義なものとする為にこそ人類は空間移動を利便性の下に交通機関を発達させてきて、全国中にコンビニとか郊外型大型スーパーの店舗を配置させてきたのかも知れないのだ。
スマホ等のツールもそういった各エリアの情報を得る為に各個人が携帯しているのだ。コンビニエンスを各個人がマルクス主義的に平等に携帯する事を促進してきたのは人類の空間分節化的な把握と言語認識欲求である。
次回は伝承性の文化に就いて、それが研究対象となっている現代の状況から考えてみたい。
Saturday, March 16, 2013
第二十七章 交通機関の発達に伴う風景認識の変化に就いてPart1
人間にとっての社会生活を最も一変させたものは言う迄もなく交通機関の発達である。人間にとってのインフラで最も時間感覚も空間感覚も大きく変えた(それが無かった時代には無かった感性へと運んだ)という意味で交通機関に勝るものはない。
その中でもとりわけ列車、陸上交通の移動手段の要である鉄道機関の発達は都市空間そのものを駅を中心とした商業活動から観光、主要産業の育成等と共に最も変えてきた。それは生活空間の在り方の根幹を激変させてきたと言える。昨今の渋谷駅周辺の再開発にもそれは顕著に見られる事である。
その中で空間感覚を変えた事は、移動に伴う時間の節約という観点から旅行の概念を時間感覚的にも大きく変えた事でもあるが、それ以上に我々が日常目にする風景への認識をも大きく変えたとも言える。
江戸期以前は道路も舗装されていなかった。しかし明治期後半には全国の鉄道が施設され、やがて自動車が走る様になり、昭和時代は個人が車を所有して移動する事が日常化された時代であった。個人で車を利用する以前にも既にバス利用は日常化されていた。
道路の舗装はとりもなおさず徒歩で行く旅行にとって有用な道の概念を一変させた。要するにスピーディーに移動する為には出来る限り曲線を避け、直線移動を円滑にする様に道路が改変されていく必要があったので、概ねどの町でも旧街道の方が紆余曲折していて、新道の方が直線的である。そこに都市空間の旧道文化と新道文化の多層性も生じてきた。
江戸期は極後半には道路も整備されてきていたとは言え、鉄道が敷かれていたわけでもないので、全て移動は徒歩によるものであった(籠に乗るという以外は)。従って全て足で地球を直に触れて全国を移動していた日本人にとって当然風景は少しずつ変化していくものであり、突然変化する風景とは山を超え谷を超えていた頃には徒歩で初めて崖の下に見えた海とかくらいであり、トンネルが整備されてき始めたもっと後の時代になってからである。
その点ではあらゆる風景への認識と美観は現代人より微妙な変化に敏感なものであった事は間違いないだろう。明治期以降の工業化の波によって形成される工場地帯等の人工的インフラの整備によって初めて風景とは突如激変する事を強いられ、その風景の激変に我々は日常的に慣れっこになっているが、それは少なくとも江戸期迄は多くはなかった筈だ。それは移動に要する徒歩による時間を考慮に入れても言える事である。
鉄道が施設され、バスが運行されるに到って移動とは点から点へのものとなる。乗降客は最初の内は風景の変化が徒歩よりは早く実感出来る事を楽しんでいたであろうが、じきにそれも飽きて車内で車窓を楽しむ心の余裕は都市空間内では希薄化し、鉄道もスピードアップするにつれて車窓を楽しむ事はローカル線以外では稀になっていったであろう。
要するに途中の風景の微妙な変化を楽しむよりは、特筆すべき個別的なその土地固有の風景を点的に把握する様になっていく。つまり東京の名所、千葉県の名所、茨城県の名所、埼玉県の名所、栃木県の名所と電車に乗って移動するにつれて点から点へとどの土地でも所在する名所への着目が変化のプロセスより特筆するパノラマへの意識へと移譲させていったと言えよう。デジタル的な風景の変化は、アナログ的な微妙で緩やかな変化をさして注目すべき観点では無くしていったと言える。
従って現代へ近づくにつれ風景認識は都市とその都市の中心に位置する駅とその周辺の都市空間の整備とに伴った不連続的な点集合へと線的連続的に徐々に変化していくプロセス的移行から意識を向かわせてきたのが人類による交通機関の発達に伴った風景認識上の意識変化の最たるものであろう。
つまり風景とはある土地の特筆すべき部分として切り取られたパノラマを中心にあくまで部分化された記号と記号の間の緩やかな変化よりは、より切断された点的に中心化された観光空間、都市主要空間へと意識を向かわせるものとなり、徒歩でのみ実感し得たプロセス的変化を抹消化させる(まさに徐々に埼玉県から栃木県へと移行していったり、徐々に静岡県から愛知県へと移行していったりする事が徒歩では実感し得ても、電車移動では切断されてしか実感し得ないという部分としての)方向へと進化していったと言える。
この風景の切断化、局所意識集中化という現象が世界の風景を一変させてきたのが二十世紀以降の人類史であるとも言える。それは周辺の脱中心化されたエリアのスラム化、そして荒廃していく過疎化傾向を助長してきた。
その点をより脱中心化されたエリアを復興させるべく意図されてきたのはここ十数年の事にしか過ぎない。郊外型大型店舗等の登場によって初めて我々は少しずつ緩やかに変化していく郊外に再び注目していったわけである。人為的変化自体への意識の着目状態はここ百年くらいの間恒常化されてきていたが、郊外を再び活性化させようと試みてきたここ十数年の間に再び自然自体の緩やかな変化へ意識を着目させようと我々は目覚め始めているとも言える。
しかし車による移動では知覚的には道路標識とか信号とか交差点等の方へしかより神経を集中させられない。徒歩で移動して初めて都市インフラ以外の自然環境へも意識を向けられる。
移動スピードの向上によって失われるものとは自然環境による変化とそれに伴う文化的なエリア毎の微妙な差異への着目である。それが高速道路等のインフラによって道路整備の直線化によってエリア毎の文化的差異が事実上意識の上では無視される方向へと移行していった事だけは否めない。交通機関の発達していなかった時代での文化伝播スピードが極めて短縮化され飛び火的に人的移動によってミックスされた複合異文化構造(文化の突発的キメラ化と呼ぼう)のエリア固有の文化の様相は交通機関とそれによる人的移動の頻繁化によって促進されてきた。
要するに昔であるなら余程の理由がな限りなかった筈の異なったエリア同士の異文化結合が今日に近づくにつれ突飛なものとなり頻発し、よりエリア毎の厳密な差異も薄れてきているとは言える。
直線化された道路と鉄道の線路の直線性とは、あるエリアの中心地を設定する事と、それに伴って点的に特筆すべき観光誘引的なパノラマを他エリアと切断された個別のものとして現出させてきた。しかしそのある土地と別のある土地との間には確かに徐々に変化し移行していく文化様相や土地土地の人達による生活習慣、そして伝承された古典芸能等の少しずつの変化、緩やかな変化が本来は根付いていたのである。つまり都市空間の他エリアからの差別化こそが点的にあるエリアの文化を集中化させ、それ以外の今では郊外として再注目されてきているエリアを周辺へと追いやる傾向へと進展させてこられたのが二十世紀文明であったのだ。
かくして傾らかな山系以外の多くの点的に局在化された都市空間やインフラとその周囲の点を囲う付随物の密集へとのみ旅の移動で注目される様になり、それ以外の線的な移動での緩やかな変化は徒歩者にのみ委ねられる様になっていった、そしてそれに今我々はやっと気づいたという所ではないだろうか?
Thursday, May 17, 2012
第二十六章 「~したい」と「~しなければいけない」から考える文明的発展プロセスとその事実への懐疑Part3 一応の纏め、そして次の命題の誕生
前回私は「他者と対話獲得する為に必要なことは、国民としての義務を果たすことである。それは国家成立以前的な首長社会迄に通用した不文律や伝承的法とは違う。そこで明文化された法律が説明論理的に理解されている必要が生じてくる。又そこで初めて平等の権利などの命題が個人内部に強制的に移入させられる。そこで我々は倫理的な命題、もし仮に法律が何らかの事情で国家都市空間上で混乱したりした場合でも、それなりに「自分の判断で」他者に対して善であり得る様な他者への接しを持とうという意識はこの段階から発生すると考えられる。」と述べた。しかしこの叙述ではあたかも最初首長社会ではなかった自己判断が進化した段階での不文律や伝承的法より脱皮して法治国家的形態が確立されてから初めて人間理性が発生し得ると捉えられるがそうではない。我々は既に首長社会の段階で理性的判断もあった筈だ。しかしその段階ではその理性的自己判断が社会や国家的モラルとして定着されていないという部分で価値的に成員間の同意として認識されていいないという所が重要だったのである。
そもそも人類はDNAレヴェルで人類となった段階で仮に今現在の様な言語活動を営んでいなかった段階であった当事から既に他者と協力し合うという意識を思考能力としても、或いは共感作用としても携えていた。その点では中島義道の様に言葉という制度が理性を育んでいると捉える事は人類学的には誤りである。中島の場合、要するに制度とは既に用意されている前提で対話を考えているが、実際は制度を作ってきたのも我々人類なのだ。
自己判断がある段階から私的な判断ではなく、公的な判断でもあり得ると考えられる段階に達したという意味では中島に拠る「対話のない社会」で示した命題は活きてくる。そうである、確かに人類は公的価値としてではない形で首長社会の段階でも良心も協力的知性もあった。しかしそれを公的にも価値規範として語り得るのだ、と認識することが極自然に持てるとなれば、やはりそこで国家形態と法治国家という事実は必要なのである。
人類が仮に内的に良心や協力的知性を持っていても、各社会成員への信頼がなければ、個人的良心も協力し合う自主性も他者と容易には語り得ない。それはまず首長からの承認を必要とする。しかし現代社会では既にそうではない。誰か権威化された存在からの承認以前的に我々は自発的に他者とモラル的価値に就いても語り得る。実はその部分での自由はやはり国家形態が確立されていくプロセスの中から進化していき、確立された、と考える事が自然である様に思われる。
だから本来なら「しなければいけないこと」とは法的規約として公的価値として語り得る地点で義務化されているが、人間はその義務を自発的に自らに背負い込む快楽も持ち合わせているのだ。従ってそれは「しなければいけない」と態々言う必要がないくらに「したいこと」の中に、法的公的な価値として設定される前段階で我々は後に「しなければいけないこと」を含ませていた。しかしその良心や人間理性を公的にも高らかに語る事が憚られるという事は国家秩序形成前的には致し方ない。ひょっとしたらそういった良心や協力的知性が領土拡張を目論む一団から悪用されかねないからだ。
その点で性悪的な対外的国防秩序を形成し完成した段階から逆に自発的良心や協力願望を相互に語り得る場を我々は獲得出来る。
しかしそうなっていく前の段階では我々は領土拡張に伴う統治国家確立の為の官僚間での熾烈な利害闘争も経験した筈だし、私的に正義や良心や理性的自己理念を語る余裕はなかった(それはあってもひた隠されてきた)であろう。それを相互に語り得る様にする為にこそ一刻も早く領土を対外的に設定する必要があったと考えられる。そしてその意図は明らかに個人同士での公益とは異質の(それは狩猟民ではなく農耕民によってなされたと考えられているが)定住生活者集団としての国家体制確立の上での対外的国家の自己防衛と他国家との闘争に明け暮れることをも近代以降我々は経験したが、その相互に虎視眈々と侵略や覇権を行う歴史を予告していたのである。そしてその国家間闘争を可能としていったのも道具と武器の進化発展によってである。要するにテクノロジーの革命的進化によってより我々は国家体制の秩序をより上へ上へと押し上げてきたのである。そして対外的な殺戮とか侵略とか、その末に獲得したより高次の国家形態での汚職や官僚の腐敗によってその度に人間理性に就いて哲学者などに考えさせてきたという一面もあったのだろう。
従って次回以降はこの安定的定住者集団としての国家成員の生活を保障してきた人間にとっての道具と武器のテクノロジーの進化と人間理性への問いを命題化させていくことに異論はないであろう。しかもこの問題は「第二十三章 都市文明に於ける連動と与えられた市民の幸福観 」で述べた都市空間での利便的社会機能利用を巡る我々のインフラから個人携帯のツールやディヴァイス利用を巡るインフラとツールの身体論へと展開していく可能性を有しているのである。
Monday, February 27, 2012
第二十五章 「~したい」と「~しなければいけない」から考える文明的発展プロセスとその事実への懐疑Part2
前回の図式をもう一度ここに例示しよう。
第一次欲求の充足の為の貨幣経済→第一次欲求充足→第一次求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立→他者との間で親族間や家族内でだけ通用すること以外の価値の共有
※<第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立、の段階での様々な貨幣経済上での不正などが国家秩序成立を促したと捉えることは取り敢えず可能である。>
実はここにもう一つ厳密には入れなければいけないことがあるのだ。前回は敢えて内容的に込み入るので避けたが、今回はそれがテーマである。
それは「第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立」の間に都市空間=国家統括的空間に居住する為に国家法を遵守する習慣の定着
他者と対話獲得する為に必要なことは、国民としての義務を果たすことである。それは国家成立以前的な首長社会迄に通用した不文律や伝承的法とは違う。そこで明文化された法律が説明論理的に理解されている必要が生じてくる。又そこで初めて平等の権利などの命題が個人内部に強制的に移入させられる。そこで我々は倫理的な命題、もし仮に法律が何らかの事情で国家都市空間上で混乱したりした場合でも、それなりに「自分の判断で」他者に対して善であり得る様な他者への接しを持とうという意識はこの段階から発生すると考えられる。
それは第二次欲求実現の為の対話パートナーとしての他者というものが金銭報酬目的であるだけではない存在であったからである。
しかしそれは一面では親しさの獲得であるが故に、国家法自体が都市空間が緊密化していけばいくほど生活者としてのストレスは大きくなり、そのボヤキ的意味合いでの獲得された親しさの中で「~したい」という感慨的意見を親しくなった他者へ告白する心の余裕を与える。
その「~したい」というのは自由を獲得すること、つまり経済的余裕や時間的余裕を獲得することで限られた人生の時間の中で国家法から監視される様な雁字搦めではない形での自由な時間(それは経済力の構築によって可能となる)を得たいという「~」の内容である。
それは国家法からの労働者に対する監視からの解放を意図的に画策した、つまり勤労、労働をより過度にこなすことで、逆に自由を獲得するという考えである。
この時第一次欲求的な「~したい」の「~」とは全く切り離されたより高次の「~」の内容が得られる。
つまり「~したい」ということはあくまで「~しなければいけない」ということ、この場合であるなら国家法遵守ということを通して、或いはそれを伴って初めて実現し得るものとして認識されている。そしてそうでないものなどないという認知は全ての「~したい」という謂いの実践者には得られている筈なのである。
それが権利と義務の同伴ということである。尤も第一次欲求に関してはもっと本能的なことであり、最低限の食べて住んでいくことだが、第二次欲求に至って初めてより文明社会の到達点から文化へと移行し得る価値的行為が出現するのだ。
勿論或いは最初から第一次欲求も第二次欲求も同伴されていたかも知れない。しかし少なくとも部族社会や首長社会の時代の人類は対話や会話で第二次欲求的内容がしやすい社会の雰囲気、或いはそういうことを許容する空気(嫌な言葉だ)はなかったし、今でもニューギニアに残存する首長社会などではそうであろう。
こういった国家成立以前的社会では対話、会話は心の内部の個人にとっての対外的対社会認識的なことによって外面的には決定付けられる。仮に個人内部で主観的なことが考えられていても、それを容易に話題にし得る社会とそうでない社会とはあり得る。首長社会以下部族社会などでは心の内部を話題にすること自体が奇異に感じられるということはあり得る。
従って倫理や道徳に関する正義論などが成立する社会全体の許容度はこれらの社会では生じ難いと言えるだろう。逆にそういった会話や対話が滞りなくなされていく様になるのなら、その時こそ国家法や国家体制というものを第二次欲求を滞りなく社会成員皆が考えることが出来る様に社会は移行していくだろう。尤も現代では既に行政単位的にそういった社会の人達が国家を形成することがまかりならないということもあるので、彼等は文明社会、つまり既存の国家へ帰属する様に部族首長社会から脱出を図る様になるだろう。
倫理的命題は第一次欲求が充足されることが曲がりなりにもサヴァイヴァル的な臨界点をさ迷っているということのない状態、つまり定住状態、職業分化体制の定着などによって得られる対話や会話での「~したい」が高次の娯楽的、精神的ゆとりや充実感を求めるものに変貌していった段階で得られる。それは親族内だけで閉じた親族、一族郎党のサヴァイヴァルにだけ意識が向かっているのではない状態、つまり完全な他者、他人を身内と同じくらいに重要なレヴェルで取り扱い、友情や同一職業人としての横の繋がりが極自然に持てる状態から問われ得る。
それは内発的要求が高まって臨界点に達したから皆の総意で国家を作ろうということであるよりは、もう少し各部族首長社会間の軋轢などによって自然と闘争状態が長く続いたりして、その懐柔策として各首長による討議などによって徐々に形成され、その後曲がりなりにも国家法的体裁が整えられ、通貨単位も統制されるに至って初めて各国家成員、つまり国民の間に他者と身内を等価に見做す公平の原理が導かれ、その通念の中から各自自然と倫理的命題を保有することが出来る様になっていった、と考えることが自然である。
即ちいきなりデカルトのレス・コギタンスなどの命題的問いが噴出しているわけではないのだ。
だから日常的な言語行為が常に部族社会や首長社会を存続維持していく為の裁定やら各命令系統による指示等だけに費やされている内は、高次の精神的内容の会話や対話は成立し得ない、と言うより仮にそういった心の奥底では誰しもがそういったリッチな内容を待ち望んでいても、それは余程周囲に誰も居ない、狩猟などを終えて帰路などで同僚同士で時たま交わす程度のものであったろう。
しかし例えば現代社会では喫茶店などがあって、そこでビジネス目的だけではない会話や対話は日常的に見られる(これは19世紀くらいに市民社会の確立と共に促されたのであり、それ以前は地方などの共同体的な会合以外ではあり得なかっただろう)。
纏めよう。
「~したい」というのが「食わせてくれ。もう三日も食べていない」と言う時の「~」は第一次欲求のものである。そしてそういった餓死してしまう寸前であるということは現代でも十分あり得る。大震災などに見舞われた時にそれを誰しも経験した筈だ。
しかし仮に大震災に見舞われても人生の本分、人生の幸福感の全てが唯食べて寝て働くだけであるとはどんな単純作業に従事する者も思っているわけではない。
その精神的余剰の様なものの中に我々の生を生として見つめる眼差しがあり、それが第二次欲求以降の価値倫理である。
要するに第二次欲求は損得の問題を凌駕する、損得の問題では推し量れぬ心の満足の問題なのである。
従ってそれが良く作用せずに病理的に作用すれば犯罪へ行くし、ヒトラーの様な歪曲化の極地に至ればホロコースト迄招聘する様な事態にさえなり得る。
我々は教育レヴェルで幼い内からナチズムをおぞましい歴史的事実と教わる。その段階で「~しなければいけない」という倫理的命題を有無を言わさずに心に叩き込まれる。
日本は敗戦国である。その際に戦争は悪であると叩き込まれる。しかし原爆も悪であれば大陸侵略も悪であり、相互に悪を発動させる戦争に於いて自民族軍の都合を優先させることはどの国も同じである。南京大虐殺は中国側による誇張もあると近年日本人は考え始めている。それは全く間違っているとも言えないが、依然日本軍の所業を正当化すべく余地もない。勿論日本人自身が私も含めて対外的悪をも含めて領土と民族の独立を保持してきたことに感謝の念を抱くことは自由だし、権利である。しかしそれはどの民族にも内在する心理であるし、その「どの民族も」という観点こそが公的基準への倫理的要請である。
「~しなければいけない」は公的基準の倫理的要請に於いて考えられる。それは現実生活に於いてである。国家というものが自民族という意識を植え付けるが故に、国家間という観念も生じるのだ。
「~したい」も従って第二次欲求以降のものは、単純な欲望の充足ではなくなる。そこにはしかし同時にヒロイズムやナルシシズムも介在してくる。自らの本能的欲望を抑制する自己犠牲にはヒロイズムとナルシシズムも無縁ではいられないからだ。
しかし生まれもって制限された条件でしか生を全う出来ない運命の者も当然世の中には存在する。そういった自分自身の立たされた生まれてきた時からの条件、つまり環境やDNAに対して感謝の念を持つことは重要だが、どの人類の個人、生物物理学的には個体も全て固有であるが故に権利的理念的平等の下に捉えられる。
勿論権利的理念的にそうであるかが実質的に社会内存在としては不平等であるという現実と同伴している。従って「~したい」や「~しなければいけない」ということは当然こういった社会内不条理や矛盾を前にして重複させなければいけないという感覚で臨まれる場合もあるし、極自然にそういった感情に包まれることもある。
つまり第二次欲求は哲学倫理学的要請というものが何か固有の専門家の間でだけ共有されるべきではない、という形で各国家成員に於いて自覚されることが自然であるということを誰しも否定し得ないという地点での思考や思惟を常に促進するものとして考えられ、そこからあらゆる個別的実践がなされるのだ、と言ってよいだろう。
つまり対話や会話が「何かの為の手段」ではなく、それ自体が目的化されたものとして考えられる地点から許容され、それを無駄であるとか不合理であると捉えることがないという認識(もしそんな認識があれば、それこそが貧困な考えだと見做せる様な認識)に於いて考えられる社会は国家成立以降であり、その国家体制のあらゆる試行錯誤に於いて有史以来の人類史を考えることが出来る。そしてそれは国家的危機に直面した時代であればあるほど、精神的余剰を排除してはいけない、或いは「今そんなことを楽しんでいる時代ではない」という押し付け的意見を胡散臭いと言って憚らぬ意志も又求められていると言えるのである。
第一次欲求の充足の為の貨幣経済→第一次欲求充足→第一次求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立→他者との間で親族間や家族内でだけ通用すること以外の価値の共有
※<第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立、の段階での様々な貨幣経済上での不正などが国家秩序成立を促したと捉えることは取り敢えず可能である。>
実はここにもう一つ厳密には入れなければいけないことがあるのだ。前回は敢えて内容的に込み入るので避けたが、今回はそれがテーマである。
それは「第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立」の間に都市空間=国家統括的空間に居住する為に国家法を遵守する習慣の定着
他者と対話獲得する為に必要なことは、国民としての義務を果たすことである。それは国家成立以前的な首長社会迄に通用した不文律や伝承的法とは違う。そこで明文化された法律が説明論理的に理解されている必要が生じてくる。又そこで初めて平等の権利などの命題が個人内部に強制的に移入させられる。そこで我々は倫理的な命題、もし仮に法律が何らかの事情で国家都市空間上で混乱したりした場合でも、それなりに「自分の判断で」他者に対して善であり得る様な他者への接しを持とうという意識はこの段階から発生すると考えられる。
それは第二次欲求実現の為の対話パートナーとしての他者というものが金銭報酬目的であるだけではない存在であったからである。
しかしそれは一面では親しさの獲得であるが故に、国家法自体が都市空間が緊密化していけばいくほど生活者としてのストレスは大きくなり、そのボヤキ的意味合いでの獲得された親しさの中で「~したい」という感慨的意見を親しくなった他者へ告白する心の余裕を与える。
その「~したい」というのは自由を獲得すること、つまり経済的余裕や時間的余裕を獲得することで限られた人生の時間の中で国家法から監視される様な雁字搦めではない形での自由な時間(それは経済力の構築によって可能となる)を得たいという「~」の内容である。
それは国家法からの労働者に対する監視からの解放を意図的に画策した、つまり勤労、労働をより過度にこなすことで、逆に自由を獲得するという考えである。
この時第一次欲求的な「~したい」の「~」とは全く切り離されたより高次の「~」の内容が得られる。
つまり「~したい」ということはあくまで「~しなければいけない」ということ、この場合であるなら国家法遵守ということを通して、或いはそれを伴って初めて実現し得るものとして認識されている。そしてそうでないものなどないという認知は全ての「~したい」という謂いの実践者には得られている筈なのである。
それが権利と義務の同伴ということである。尤も第一次欲求に関してはもっと本能的なことであり、最低限の食べて住んでいくことだが、第二次欲求に至って初めてより文明社会の到達点から文化へと移行し得る価値的行為が出現するのだ。
勿論或いは最初から第一次欲求も第二次欲求も同伴されていたかも知れない。しかし少なくとも部族社会や首長社会の時代の人類は対話や会話で第二次欲求的内容がしやすい社会の雰囲気、或いはそういうことを許容する空気(嫌な言葉だ)はなかったし、今でもニューギニアに残存する首長社会などではそうであろう。
こういった国家成立以前的社会では対話、会話は心の内部の個人にとっての対外的対社会認識的なことによって外面的には決定付けられる。仮に個人内部で主観的なことが考えられていても、それを容易に話題にし得る社会とそうでない社会とはあり得る。首長社会以下部族社会などでは心の内部を話題にすること自体が奇異に感じられるということはあり得る。
従って倫理や道徳に関する正義論などが成立する社会全体の許容度はこれらの社会では生じ難いと言えるだろう。逆にそういった会話や対話が滞りなくなされていく様になるのなら、その時こそ国家法や国家体制というものを第二次欲求を滞りなく社会成員皆が考えることが出来る様に社会は移行していくだろう。尤も現代では既に行政単位的にそういった社会の人達が国家を形成することがまかりならないということもあるので、彼等は文明社会、つまり既存の国家へ帰属する様に部族首長社会から脱出を図る様になるだろう。
倫理的命題は第一次欲求が充足されることが曲がりなりにもサヴァイヴァル的な臨界点をさ迷っているということのない状態、つまり定住状態、職業分化体制の定着などによって得られる対話や会話での「~したい」が高次の娯楽的、精神的ゆとりや充実感を求めるものに変貌していった段階で得られる。それは親族内だけで閉じた親族、一族郎党のサヴァイヴァルにだけ意識が向かっているのではない状態、つまり完全な他者、他人を身内と同じくらいに重要なレヴェルで取り扱い、友情や同一職業人としての横の繋がりが極自然に持てる状態から問われ得る。
それは内発的要求が高まって臨界点に達したから皆の総意で国家を作ろうということであるよりは、もう少し各部族首長社会間の軋轢などによって自然と闘争状態が長く続いたりして、その懐柔策として各首長による討議などによって徐々に形成され、その後曲がりなりにも国家法的体裁が整えられ、通貨単位も統制されるに至って初めて各国家成員、つまり国民の間に他者と身内を等価に見做す公平の原理が導かれ、その通念の中から各自自然と倫理的命題を保有することが出来る様になっていった、と考えることが自然である。
即ちいきなりデカルトのレス・コギタンスなどの命題的問いが噴出しているわけではないのだ。
だから日常的な言語行為が常に部族社会や首長社会を存続維持していく為の裁定やら各命令系統による指示等だけに費やされている内は、高次の精神的内容の会話や対話は成立し得ない、と言うより仮にそういった心の奥底では誰しもがそういったリッチな内容を待ち望んでいても、それは余程周囲に誰も居ない、狩猟などを終えて帰路などで同僚同士で時たま交わす程度のものであったろう。
しかし例えば現代社会では喫茶店などがあって、そこでビジネス目的だけではない会話や対話は日常的に見られる(これは19世紀くらいに市民社会の確立と共に促されたのであり、それ以前は地方などの共同体的な会合以外ではあり得なかっただろう)。
纏めよう。
「~したい」というのが「食わせてくれ。もう三日も食べていない」と言う時の「~」は第一次欲求のものである。そしてそういった餓死してしまう寸前であるということは現代でも十分あり得る。大震災などに見舞われた時にそれを誰しも経験した筈だ。
しかし仮に大震災に見舞われても人生の本分、人生の幸福感の全てが唯食べて寝て働くだけであるとはどんな単純作業に従事する者も思っているわけではない。
その精神的余剰の様なものの中に我々の生を生として見つめる眼差しがあり、それが第二次欲求以降の価値倫理である。
要するに第二次欲求は損得の問題を凌駕する、損得の問題では推し量れぬ心の満足の問題なのである。
従ってそれが良く作用せずに病理的に作用すれば犯罪へ行くし、ヒトラーの様な歪曲化の極地に至ればホロコースト迄招聘する様な事態にさえなり得る。
我々は教育レヴェルで幼い内からナチズムをおぞましい歴史的事実と教わる。その段階で「~しなければいけない」という倫理的命題を有無を言わさずに心に叩き込まれる。
日本は敗戦国である。その際に戦争は悪であると叩き込まれる。しかし原爆も悪であれば大陸侵略も悪であり、相互に悪を発動させる戦争に於いて自民族軍の都合を優先させることはどの国も同じである。南京大虐殺は中国側による誇張もあると近年日本人は考え始めている。それは全く間違っているとも言えないが、依然日本軍の所業を正当化すべく余地もない。勿論日本人自身が私も含めて対外的悪をも含めて領土と民族の独立を保持してきたことに感謝の念を抱くことは自由だし、権利である。しかしそれはどの民族にも内在する心理であるし、その「どの民族も」という観点こそが公的基準への倫理的要請である。
「~しなければいけない」は公的基準の倫理的要請に於いて考えられる。それは現実生活に於いてである。国家というものが自民族という意識を植え付けるが故に、国家間という観念も生じるのだ。
「~したい」も従って第二次欲求以降のものは、単純な欲望の充足ではなくなる。そこにはしかし同時にヒロイズムやナルシシズムも介在してくる。自らの本能的欲望を抑制する自己犠牲にはヒロイズムとナルシシズムも無縁ではいられないからだ。
しかし生まれもって制限された条件でしか生を全う出来ない運命の者も当然世の中には存在する。そういった自分自身の立たされた生まれてきた時からの条件、つまり環境やDNAに対して感謝の念を持つことは重要だが、どの人類の個人、生物物理学的には個体も全て固有であるが故に権利的理念的平等の下に捉えられる。
勿論権利的理念的にそうであるかが実質的に社会内存在としては不平等であるという現実と同伴している。従って「~したい」や「~しなければいけない」ということは当然こういった社会内不条理や矛盾を前にして重複させなければいけないという感覚で臨まれる場合もあるし、極自然にそういった感情に包まれることもある。
つまり第二次欲求は哲学倫理学的要請というものが何か固有の専門家の間でだけ共有されるべきではない、という形で各国家成員に於いて自覚されることが自然であるということを誰しも否定し得ないという地点での思考や思惟を常に促進するものとして考えられ、そこからあらゆる個別的実践がなされるのだ、と言ってよいだろう。
つまり対話や会話が「何かの為の手段」ではなく、それ自体が目的化されたものとして考えられる地点から許容され、それを無駄であるとか不合理であると捉えることがないという認識(もしそんな認識があれば、それこそが貧困な考えだと見做せる様な認識)に於いて考えられる社会は国家成立以降であり、その国家体制のあらゆる試行錯誤に於いて有史以来の人類史を考えることが出来る。そしてそれは国家的危機に直面した時代であればあるほど、精神的余剰を排除してはいけない、或いは「今そんなことを楽しんでいる時代ではない」という押し付け的意見を胡散臭いと言って憚らぬ意志も又求められていると言えるのである。
Sunday, February 26, 2012
第二十四章 「~したい」と「~しなければいけない」から考える文明的発展プロセスとその事実への懐疑Part1
経済社会、つまり貨幣経済による交易や売買は国家成立以前に既に人類に於いて実践されていたとされる。このことは例えば最も基本的なまず食べて生活していく、何処かに定住して職業を持って、それで金銭的遣り取りで生活必需品を入手するという生活形態が定着してからの人類の普遍的な行為である。しかし何故それだけでよくて国家という規模の法的規制が人類にとって必要だったのだろうか?
もし我々は基本的に何処かに住んで、食料を摂取して生活していくという欲求を第一欲求と名づけるなら、それは言語上では「~したい」ということの基本だと言ってよかろう。食べて生活していく為に仕事をする。そしてその折に金銭的な報酬を得る。そしてそれで生活必需品を購入するというシステムが紙幣などが発明される以前に確立していて、麦による貨幣交換行為から純粋銀貨(ギリシャ時代)、そしてそれを薄めた鋳造システムによるコイン(ローマ時代)といったものを経て、中世、近代を経過して現代へと至る過程では帝国であれ共和国であれ何であれ国家形態というものが確立して、国交ということが成立し、その間に軋轢や共同戦略などの全てが世界史で散見される。
しかし何故敢えて国家形態が必要とされたかと言うと、それはある部分では金銭に換えられないものとしての価値というものへの着目が人類の先験的能力として備わっていたからだ、と言うことも出来る。
「~したい」は極基本的な生活を成り立たす為のものである内は価値以前的なことである。食べたい、住みたいという欲求は、それを満たす為の就業という行為が求められ、それは止むに止まれぬ以前に強制的に全ての成員を放り込む。
しかしそれが一定程度充足されると、今度は只管金銭を獲得する為だけに生活しているわけではないという反省も齎される。確かにいい家に住みいい食事をする為に必要な全てはある程度金銭的交換価値から獲得出来る。それこそが第一次欲求のある部分では果てしない欲望を我々に自覚させる。そしてそれは現代社会での金権政治から資本主義的退廃の全てを招聘してきた。その間に戦争なども勃発してきたわけだ。
しかし人間は脳科学的にも証明されているが、腹側線条体などによる発火現象が他人の幸福を確認した時に得られるということからも、正義的、道義的な価値というものを嗜好する傾向を先験的に持っていると言える。
例えば認知的不協和の軽減などの心理学実験からも判明している様に人間は報酬額の大きさだけから価値を判断していない。明らかに少ない報酬で必死に考えて得たことからの方が脳内発火現象的にも「喜び」を得ていることは既に証明されている。
これは人類が一定程度の他者に対する優位を得たいということで必死に仕事でも何でも頑張るということに於いて本性的悪を発動せずに進化してこられなかったという事実以外にもう一つ、しかし本性的悪だけでも人類は満足してこなかったという事実をも我々に認めさせずにはおかない。
金銭的高低、報酬額といったことに左右されない、それどころか報酬がより少ない或いは完全なるヴォランティア的状態でなければ満足しないという側面も人間にはある。これを仮に第二次欲求と呼ぼう。
すると第一次欲求が一定程度充足される状態が維持されることの中で、次第に我々は初期段階、つまり第一次欲求充足如何での段階で「~したい」と考えていたことは第一次欲求充足とその維持に伴って「~」の部分で大きな変換をきたすことを証明している。
それは価値的なことであり、物理的な自己欲求充足とは違うレヴェルのことである。例えば芸術などを鑑賞したいということもこの内に含まれる。勿論現代社会ではこの芸術などにも金銭は絡むが、本質的にこれは基本的生活維持という観点での第一次欲求ではない。既にある者にとって価値であっても別の者にとってはそうではない、或いはそうである必要もないし、その様に強制されないという自由選択の問題であり、その段での欲求を第二次欲求と呼ばずして何と呼ぼう。
そしてそれは「~したい」ということの「~」の部分の本質的移行、転換を意味する。
しかしこの移行過程で我々はもう一つの事態に遭遇する。ある者にとっての価値と別のある者にとっての価値が違っていいということの内にある価値観自体の衝突や対立は実は生活が安定化した段階での各社会成員の間での均衡というものを破壊する傾向へと社会を持ち込む。そこで必要とされるものは各利害調整的な法であり、法整備されることを可能化しやすい合理主義的なものとして国家という形態が必要とされる。その時我々は常に「~したい」ということだけでなく、「~しなければいけない」ということを巣食わせていくこととなるのだ。
これは外部的な自己に対する強制による不可避的言語上での進展である。
勿論言語学的にも哲学的にもこの「~したい」と「~しなければいけない」ということは同時的に認識されていた筈だということは言えよう。勿論それは正しい。しかしそれは少なくともギリシャなどのポリス国家群発生以降に定着していった考えであり、それ以前的には「~しなければいけない」は法整備的なこと(勿論それは貨幣経済施行ということの内にも在った筈だし、もっとそれ以前的にも殺人などに対して在っただろうが、それは国家法的なことではなく見せしめとか不文律的なことであったとも思われる)から派生する以前の親族内のみでの言語上での発信秩序である。
道徳的倫理的な内的な根拠に基づく「~しなければいけない」は確かに国家法整備的な秩序に従わねばならぬということから派生するその構造とも違おう。しかしそれは少なくとも他人と顔を突き合わせたり、擦れ違ったりすることが珍しいことではなくなる段階での都市空間整備以降の他人へ向けて発信されるその謂いと、それ以前的な親族間でのその謂いとでは本質的に全く内的な意味での発信行為的意味でも違おうが、前者はある程度国家成立以降でこそ成立していくと私は考えるのだ。
第二次欲求はしかしある部分では完全に定着していくのは、この他人と擦れ違うことが当たり前となっていく社会形態以降であると考えられる。何故ならそれは第一次欲求的なことで、その実現へ向けて発進される仕事の確保とか居住空間の確保というプロセスだけでは成立し得ないとも言えるからだ。ところがある一定程度の社会的地位や生活維持能力に伴って日常的平和を獲得すると、我々の意識は自分と同じ様な状態を獲得している他者全般へと意識が向かう。そこに対話とか会話も成立する。
そこで第二次欲求として他者と運命を共にする、とか他者と金銭的にもだが、それ以外の価値的な共感としても協力し合うとかの、要するに同僚関係から友情に至る迄の獲得欲求を生じさせる。先程述べた芸術などの鑑賞とは実はこういった他者との共同的価値、価値共有、と言うことは社会内では価値を共有し合えない成員も大勢居るし、それらの他者との折り合いという形での対人的なメソッドも考案していく必要に迫られるということを意味するが、要するに他者との共存という形でのみ発生する価値という位相から捉えられるべきものなのである。そして文化とはここから熟成への道が用意されている、と言えるのだ。
するとここで次の様な図式が考案される。
第一次欲求の充足の為の貨幣経済→第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立→他者との間で親族間や家族内でだけ通用すること以外の価値の共有
※<第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立、の段階での様々な貨幣経済上での不正などが国家秩序成立を促したと捉えることは取り敢えず可能である。>
つまり我々が「~したい」ということの「~」の内容の進化と変転と、「~しなければいけない」ということの親族間での不文律的なことから他者をも巻き込み、或いは親族家族内での秩序とは別個の社会内存在としての価値規範から勘案される「~」の内容の進化と変転というものが共に考えられることとなろう。
そしてもしジャレド・ダイアモンドの主張する(「銃・病原菌・鉄」)様に部族社会、首長社会から国家へと法整備的な追従自体が進化していく過程から考えれば、我々が現在「~したい」やら「~しなければいけない」と考えている極感性的な余暇に旅行をしたいとか観光名所を訪れたいとか、仕事を終えてから同僚や友人と共に飲食をして過ごしたいとかの欲求は第二次欲求であり、それは一つの都市空間定着後の文化的営みということとなり、それは必然的に他者間で成立する価値規範、そして意思疎通的にも倫理的思想的にも、あくまで無私的な部分、つまり親族内エゴイズムとは本質的に異なった位相にある内的自覚であると言えよう。
それは仮に思想信条的にも個人的な価値規範でも違える他者とも妥協的に時には共同していかなければいけないという意味での「~しなければいけない」ということの親しい間柄での告白ともなろうし、国家法という形で我々が好むと好まざるとに関わらず関わらずにはいられない納税義務とか様々な形での市民としての義務という位相での言語上での発信ということになろう。
「~したい」ということも確かに独身者にとって結婚したいということが原初的なことである様な意味では既婚者にとってはそれはある程度充足されている(勿論現代社会ではそこに既に不協和の様な心理的事態が発生していて、離婚とか色々な事態も在り得るわけであるが、それでも一応進化的には充足されると捉えるとして)のでより高次の段階へと欲求が進化し、それが第二次欲求であると言える。そこに友情とか余暇で過ごす趣味の時間、自分自身が社会的に強制される(引越しをする時に住民票を作る様な意味での)ことではない自由選択的な価値という問題が全て存在する。
そしてそれは貨幣経済が交易交換行為が定着して以降複雑な分業システムに社会が移行して、その合理的社会機能維持の為に国家が成立し、国家観、国民意識、民族意識が成立して以降とみに顕在化し、明確化する価値によることである、ということは今日趨勢である、と思われる。
次回は言語行為上でどの様にこの第一次欲求から第二次欲求充足のプロセス進化に於いてその質的違いが顕現されているかということを言語現象学的に、言語分析哲学的に考えてみよう。
もし我々は基本的に何処かに住んで、食料を摂取して生活していくという欲求を第一欲求と名づけるなら、それは言語上では「~したい」ということの基本だと言ってよかろう。食べて生活していく為に仕事をする。そしてその折に金銭的な報酬を得る。そしてそれで生活必需品を購入するというシステムが紙幣などが発明される以前に確立していて、麦による貨幣交換行為から純粋銀貨(ギリシャ時代)、そしてそれを薄めた鋳造システムによるコイン(ローマ時代)といったものを経て、中世、近代を経過して現代へと至る過程では帝国であれ共和国であれ何であれ国家形態というものが確立して、国交ということが成立し、その間に軋轢や共同戦略などの全てが世界史で散見される。
しかし何故敢えて国家形態が必要とされたかと言うと、それはある部分では金銭に換えられないものとしての価値というものへの着目が人類の先験的能力として備わっていたからだ、と言うことも出来る。
「~したい」は極基本的な生活を成り立たす為のものである内は価値以前的なことである。食べたい、住みたいという欲求は、それを満たす為の就業という行為が求められ、それは止むに止まれぬ以前に強制的に全ての成員を放り込む。
しかしそれが一定程度充足されると、今度は只管金銭を獲得する為だけに生活しているわけではないという反省も齎される。確かにいい家に住みいい食事をする為に必要な全てはある程度金銭的交換価値から獲得出来る。それこそが第一次欲求のある部分では果てしない欲望を我々に自覚させる。そしてそれは現代社会での金権政治から資本主義的退廃の全てを招聘してきた。その間に戦争なども勃発してきたわけだ。
しかし人間は脳科学的にも証明されているが、腹側線条体などによる発火現象が他人の幸福を確認した時に得られるということからも、正義的、道義的な価値というものを嗜好する傾向を先験的に持っていると言える。
例えば認知的不協和の軽減などの心理学実験からも判明している様に人間は報酬額の大きさだけから価値を判断していない。明らかに少ない報酬で必死に考えて得たことからの方が脳内発火現象的にも「喜び」を得ていることは既に証明されている。
これは人類が一定程度の他者に対する優位を得たいということで必死に仕事でも何でも頑張るということに於いて本性的悪を発動せずに進化してこられなかったという事実以外にもう一つ、しかし本性的悪だけでも人類は満足してこなかったという事実をも我々に認めさせずにはおかない。
金銭的高低、報酬額といったことに左右されない、それどころか報酬がより少ない或いは完全なるヴォランティア的状態でなければ満足しないという側面も人間にはある。これを仮に第二次欲求と呼ぼう。
すると第一次欲求が一定程度充足される状態が維持されることの中で、次第に我々は初期段階、つまり第一次欲求充足如何での段階で「~したい」と考えていたことは第一次欲求充足とその維持に伴って「~」の部分で大きな変換をきたすことを証明している。
それは価値的なことであり、物理的な自己欲求充足とは違うレヴェルのことである。例えば芸術などを鑑賞したいということもこの内に含まれる。勿論現代社会ではこの芸術などにも金銭は絡むが、本質的にこれは基本的生活維持という観点での第一次欲求ではない。既にある者にとって価値であっても別の者にとってはそうではない、或いはそうである必要もないし、その様に強制されないという自由選択の問題であり、その段での欲求を第二次欲求と呼ばずして何と呼ぼう。
そしてそれは「~したい」ということの「~」の部分の本質的移行、転換を意味する。
しかしこの移行過程で我々はもう一つの事態に遭遇する。ある者にとっての価値と別のある者にとっての価値が違っていいということの内にある価値観自体の衝突や対立は実は生活が安定化した段階での各社会成員の間での均衡というものを破壊する傾向へと社会を持ち込む。そこで必要とされるものは各利害調整的な法であり、法整備されることを可能化しやすい合理主義的なものとして国家という形態が必要とされる。その時我々は常に「~したい」ということだけでなく、「~しなければいけない」ということを巣食わせていくこととなるのだ。
これは外部的な自己に対する強制による不可避的言語上での進展である。
勿論言語学的にも哲学的にもこの「~したい」と「~しなければいけない」ということは同時的に認識されていた筈だということは言えよう。勿論それは正しい。しかしそれは少なくともギリシャなどのポリス国家群発生以降に定着していった考えであり、それ以前的には「~しなければいけない」は法整備的なこと(勿論それは貨幣経済施行ということの内にも在った筈だし、もっとそれ以前的にも殺人などに対して在っただろうが、それは国家法的なことではなく見せしめとか不文律的なことであったとも思われる)から派生する以前の親族内のみでの言語上での発信秩序である。
道徳的倫理的な内的な根拠に基づく「~しなければいけない」は確かに国家法整備的な秩序に従わねばならぬということから派生するその構造とも違おう。しかしそれは少なくとも他人と顔を突き合わせたり、擦れ違ったりすることが珍しいことではなくなる段階での都市空間整備以降の他人へ向けて発信されるその謂いと、それ以前的な親族間でのその謂いとでは本質的に全く内的な意味での発信行為的意味でも違おうが、前者はある程度国家成立以降でこそ成立していくと私は考えるのだ。
第二次欲求はしかしある部分では完全に定着していくのは、この他人と擦れ違うことが当たり前となっていく社会形態以降であると考えられる。何故ならそれは第一次欲求的なことで、その実現へ向けて発進される仕事の確保とか居住空間の確保というプロセスだけでは成立し得ないとも言えるからだ。ところがある一定程度の社会的地位や生活維持能力に伴って日常的平和を獲得すると、我々の意識は自分と同じ様な状態を獲得している他者全般へと意識が向かう。そこに対話とか会話も成立する。
そこで第二次欲求として他者と運命を共にする、とか他者と金銭的にもだが、それ以外の価値的な共感としても協力し合うとかの、要するに同僚関係から友情に至る迄の獲得欲求を生じさせる。先程述べた芸術などの鑑賞とは実はこういった他者との共同的価値、価値共有、と言うことは社会内では価値を共有し合えない成員も大勢居るし、それらの他者との折り合いという形での対人的なメソッドも考案していく必要に迫られるということを意味するが、要するに他者との共存という形でのみ発生する価値という位相から捉えられるべきものなのである。そして文化とはここから熟成への道が用意されている、と言えるのだ。
するとここで次の様な図式が考案される。
第一次欲求の充足の為の貨幣経済→第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立→他者との間で親族間や家族内でだけ通用すること以外の価値の共有
※<第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立、の段階での様々な貨幣経済上での不正などが国家秩序成立を促したと捉えることは取り敢えず可能である。>
つまり我々が「~したい」ということの「~」の内容の進化と変転と、「~しなければいけない」ということの親族間での不文律的なことから他者をも巻き込み、或いは親族家族内での秩序とは別個の社会内存在としての価値規範から勘案される「~」の内容の進化と変転というものが共に考えられることとなろう。
そしてもしジャレド・ダイアモンドの主張する(「銃・病原菌・鉄」)様に部族社会、首長社会から国家へと法整備的な追従自体が進化していく過程から考えれば、我々が現在「~したい」やら「~しなければいけない」と考えている極感性的な余暇に旅行をしたいとか観光名所を訪れたいとか、仕事を終えてから同僚や友人と共に飲食をして過ごしたいとかの欲求は第二次欲求であり、それは一つの都市空間定着後の文化的営みということとなり、それは必然的に他者間で成立する価値規範、そして意思疎通的にも倫理的思想的にも、あくまで無私的な部分、つまり親族内エゴイズムとは本質的に異なった位相にある内的自覚であると言えよう。
それは仮に思想信条的にも個人的な価値規範でも違える他者とも妥協的に時には共同していかなければいけないという意味での「~しなければいけない」ということの親しい間柄での告白ともなろうし、国家法という形で我々が好むと好まざるとに関わらず関わらずにはいられない納税義務とか様々な形での市民としての義務という位相での言語上での発信ということになろう。
「~したい」ということも確かに独身者にとって結婚したいということが原初的なことである様な意味では既婚者にとってはそれはある程度充足されている(勿論現代社会ではそこに既に不協和の様な心理的事態が発生していて、離婚とか色々な事態も在り得るわけであるが、それでも一応進化的には充足されると捉えるとして)のでより高次の段階へと欲求が進化し、それが第二次欲求であると言える。そこに友情とか余暇で過ごす趣味の時間、自分自身が社会的に強制される(引越しをする時に住民票を作る様な意味での)ことではない自由選択的な価値という問題が全て存在する。
そしてそれは貨幣経済が交易交換行為が定着して以降複雑な分業システムに社会が移行して、その合理的社会機能維持の為に国家が成立し、国家観、国民意識、民族意識が成立して以降とみに顕在化し、明確化する価値によることである、ということは今日趨勢である、と思われる。
次回は言語行為上でどの様にこの第一次欲求から第二次欲求充足のプロセス進化に於いてその質的違いが顕現されているかということを言語現象学的に、言語分析哲学的に考えてみよう。
Friday, December 9, 2011
第二十三章 都市文明に於ける連動と与えられた市民の幸福観
現代社会では都市文明自体に同化する様に社会システム自体が我々を規定する。例えば朝電車に乗れば満員電車である故、切符を買うのもカードで改札を通過するのも全て後続の人に迷惑がかからぬ様に動き自体が連動的にスムーズさを求められる。そのてきぱきとした身のこなしはより加速度的に進化していく便利な機器のスピードアップを促進している。電子端末の画面遷移スピード、ATM一般の遷移スピードなどが一秒でも速くなっていくことが進歩なのであり、それを疑う者を取り残していく様に全ての都市インフラが整備されていく。
しかしその便利な都市生活という事実は、その便利さを享受する側の全ての市民がそれをいいことであり、心地よいことであると受け止めることが自然である、という前提に於いて加速化しているのであり、そこに疑問を抱く者を取り残していく。時代から置いてきぼりを食らう様に個々人を強いる。
何故そういう風に社会インフラ全体が便利で利用し心地良く存在するべきかと問われれば、それはそういう風に日常生活が便利であることが幸福的感情に繋がる筈だという疑問を不問に付すくらいの前提が思想的に設定されているからである。
そういう風にして都市文明が全体的に機能維持されていくことで、余暇には家庭生活で幸福を享受していく市民が人生を充実したものとして過ごせるという安穏としたモラル的な幸福観が前提されているのだ。
人類が狩猟採集生活期にはさして社会全体のインフラは整備されておらず、恐らく近隣の部族との折衝くらいがコミュニケーションの普遍性や一般性を模索する機会であったことだろう。しかし国家が成立する以前に既に交易は盛んになり、貨幣の前哨戦的存在のバーター的な行為から徐々に進化していく交易秩序が形成されていったであろう。
それが広範囲になっていった時に必然的に国家と通貨が同時発生的に成立したとも考えられる。そして古代から中世に突入する頃には宗教教義が宗教文化秩序として人倫的幸福観とか人生観を市民に国家為政者や宗教指導者によって与えられ、その市民生活の基本的な義務と権利が納税やら教育などによって実践されていく。その実践に於いて次第に都市構造というものが構築されていき、国家と都市計画という行為秩序が形成される。
その一連の歴史的推移の中で初めて近代社会が成立し、通貨が外国との交易を盛んにし、やがて産業革命が勃興するのである。
都市文明はだからそこで生活する都市生活者から徘徊者に至る迄刑法によって裁かれぬ様にするには一定の都市生活マナーを身につけることを強いられるのだ。それが都市生活に於ける歩行者から車の利用者に至る迄のルールであり、習慣であり、所作であり、仕草であり、表情なのである。挙動不審でない様に振舞う必要性を皆自主的に持つ様に自然に都市インフラが私達を強いるのである。つまり洗濯機が開発され市販される迄の都市生活と、それ以後の都市生活は必然的に変わらざるを得なかったし、洗剤の質の変化はもとより洗濯の概念自体が変改していったし、それは冷蔵庫と冷凍庫の発明によって買い物の概念は変改していった。それが車などを開発することを人類に追い込み、物流を発展させた。
その様なあらゆるニーズとニーズに対応した発明が人類に生活を改変させ、生活上の激変自体が別の産業を勃興させ、都市文明と都市生活と地方部との連携的な秩序を形成していった。それは都市生活に於いては地方共同体的な人間関係ではない形での擦れ違う人達は皆見知らぬ他人であるという事態自体に全く奇異な感情を持つことなく生活していくことを強いた。それが都市文明上での連動的な所作、行為習慣を我々に付帯させていったのだ。
しかしその様に地縁社会的に血縁共同体、親族共同体から他人同士が隣接して居住することが普通な状態へと変化していく迄には数多くの宗教的人心の統一などの国家秩序、言語共同体から統一言語国家などの政治形態の進化ということがあったわけだ。そして社会生活が移動に関しても公園などがあって精神的にも心にゆとりや平和な感情を持つ様にしていくには、その様な社会秩序自体が全ての市民にとって幸福であるという観念が定着していく必要があったわけであり、当然無法地帯が駆逐されていき、法治国家としての国民性が形成されていく過程では余分なものとして数多くの共同体的想像力は抹殺されていった筈だ。詩人であり劇作家であり映像作家でもあった寺山修司は現代都市文明が置き忘れていた素朴な個に内在する感情を抉って表示してきたのだ。それは寺山以前から以後の数多くの文学的天才によって示されてきた人類の試みの中でとりわけ私が啓発されたということでここで示しているに過ぎない。そもそも文学などという行為自体がそういった文明全体への懐疑的精神に彩られているのである。
社会生活、都市生活が便利であるということは一方では家族の家庭的平和ということが全市民にとって権利的に付与されていて然るべきだという前提があるのだ。それは起源的に遡れば宗教教義的モラルが介在しているだろう。しかし市民生活に於いてかつて宮中お抱え画家であった人達が次第に画家自身のアイデンティティに目覚め風景画などを描いていくこととなった時点で、宗教神話性、聖書題材的絵画から風景画、或いはある時期は王侯貴族の肖像を描いていた画家達が一般の市民の肖像も描いていくという習慣が定着していくに従って市民経済社会が実現し、商売などの自由が保証され、より脱神話性、脱宗教教義的な意味では人類の何処かには中世の様な時代でさえ無神論が内的には存在した筈であるところの人間中心の、人間主体の、しかも個主体の考えは画家達によってまず実践されたと言っても過言ではない。現代の独在論哲学の持つ人間中心主義は寧ろ内在的な現象性を意識し過ぎる余り却って形而上学的気分を煽り、現象学の考える他者論と向こうを張っているものの、現象学は現象学でより精神分析的傾向を強めさせる結果となっていることは、案外分析哲学と現象学の対立している様で居て同根であることを証明しているかの様である。これら二つとも却って哲学的問い自体を無神論的観念をクローズアップすればするほど有神論的位相に差し戻すことになっていることに学究当事者達自身さえ気づいていないのである。
唯他者との友愛的な仕事関係、家庭、友情などが市民生活に於いてモラル的に善であるとする前提思想が介在して都市生活や都市文明が成立していることは間違いない。
だから分析哲学などで他者に対する極度の懐疑を独我論的に発生させていることは、裏を返せば都市生活の利便性維持の為の個々の市民による連動、ATM利用から自動改札、あらゆる端末利用、あらゆる自販機利用などをすること自体が、そういう風に近代以降の市民社会に於ける隣人と巧くやること、つまり隣人愛的な教義が常識として定着していったればこそ実現しているのだ。つまり分析哲学に見られる他者への懐疑などは寧ろ市民社会成立以前には今よりはずっと当たり前の様に存在した筈なのである。その他者存在への懐疑自体を封殺する様に市民社会、都市生活というものが成立しているのである。
だからこそイスラム社会の反社会分子による自爆テロや、以前日本人を震撼させたオウム真理教などの存在が社会に痛烈なアイロニーを味あわせたのである。それはオウム真理教より数十年前に存在した日本連合赤軍派などの活動に於いても反国家主義的な観念から社会が安穏として前提してきた家庭的平和や家族の幸福観にアンチを唱え、社会構造全体を再考を促すムーヴメントであったことだけは間違いはない。勿論あれら全てが完全に社会全体、国家全体に与えたテロリズムであることに於いて我々が仮に実践的行為としては完全否定しても、問題提起が何らかの形で勃発していくことを阻止することは出来ないという教訓だけは我々日本市民に与えたし、アルカイダなどによる自爆テロは未だに世界市民に社会生活や都市文明の安穏とした利便性享受による幸福観に対して再考を促す仕方で精神の何らかの衝撃的記憶をトラウマ的にせよ、ショッキングなイヴェント、インシデントに対する記憶にせよ我々にインパクトを与え続けてきたことだけは間違いない。
アメリカは妊娠中絶さえ宗教教義的に許さないとするカトリシズムも存在する。神父だけでなく医師もそのテーゼ死守の為に協力する。彼等にとって進化論などもっての他である考えである。しかしだからこそ男女の健全な恋愛感情という強制に対するアンチとして同性愛者達にも市民権をという運動も発生させ、カリフォルニア州では同性婚も許されている。勿論バイブルベルトなどではそうも行かないことは今後も変わりないだろう。しかし日本では恐らく今後もカリフォルニア州の様な法整備には至らないだろう。同性愛が居てもいいが、それは法的秩序に於いて容認すべきことではないのだ。
日本はアメリカの様に絶対否定はしないから逆に、アメリカの様に法整備迄する必要がないということで、却って完全肯定思想は成立し難いのだ。つまり日本では緩やかに冷然とした差別が履行されていくのだ。アメリカでのKKKの様な完全差別が存在することが、逆に差別を完全否定する法整備に迄至る人種、同性愛差別撤廃のムーヴメントが成立するのだ。
社会生活に於いて利便性享受とその権利が納税その他の義務と共に全市民に保証されるという事実が都市社会、都市生活者に固有の連動的所作を身につけさせる。それは言語共同体から統一言語国家の成立を経て、国家自体の進化と連動が外国との交易秩序に伴って構築されていく過程で、市民生活を全うすることで得る幸福観に対してアンチを唱える様な詩人や思想家、哲学者の視点が全体のパーセンテージでより希少であることを前提した考えではあるのだ。つまり社会全体の連動が各市民の幸福にも還元され、従ってそれを自覚した市民が他人である都市生活の隣人に対して都市生活者固有の隣人愛的な所作を身に着けることをもって連動が実現されるのだ。だから会社では携帯電話を持ちたくはないという人は雇えないのだし、PC端末利用を渋る人に現代社会は就業出来ない仕組みが我々には提供されているのだ。それは洗濯機や冷蔵庫が発明されて市販され普及した段階で、そうでなかった時代では当たり前だった全ての常識が塗り替えられ、その変改自体に疑問を抱かない形でのみ我々は都市生活に同化し得る様になっているのだ。それが法治国家内での都市インフラ享受の権利と義務の履行によって実現した幸福であるという暗黙の触れが社会全体によって我々に提示されているし、その様に我々は振舞うのである。
そしてその享受事実に対して疑念を抱かない様に自主規制していくこと自体が都市文明とそれが享受されることを幸福として認可する市民の無意識と言ってもいい連動所作の実態なのである。
しかしその便利な都市生活という事実は、その便利さを享受する側の全ての市民がそれをいいことであり、心地よいことであると受け止めることが自然である、という前提に於いて加速化しているのであり、そこに疑問を抱く者を取り残していく。時代から置いてきぼりを食らう様に個々人を強いる。
何故そういう風に社会インフラ全体が便利で利用し心地良く存在するべきかと問われれば、それはそういう風に日常生活が便利であることが幸福的感情に繋がる筈だという疑問を不問に付すくらいの前提が思想的に設定されているからである。
そういう風にして都市文明が全体的に機能維持されていくことで、余暇には家庭生活で幸福を享受していく市民が人生を充実したものとして過ごせるという安穏としたモラル的な幸福観が前提されているのだ。
人類が狩猟採集生活期にはさして社会全体のインフラは整備されておらず、恐らく近隣の部族との折衝くらいがコミュニケーションの普遍性や一般性を模索する機会であったことだろう。しかし国家が成立する以前に既に交易は盛んになり、貨幣の前哨戦的存在のバーター的な行為から徐々に進化していく交易秩序が形成されていったであろう。
それが広範囲になっていった時に必然的に国家と通貨が同時発生的に成立したとも考えられる。そして古代から中世に突入する頃には宗教教義が宗教文化秩序として人倫的幸福観とか人生観を市民に国家為政者や宗教指導者によって与えられ、その市民生活の基本的な義務と権利が納税やら教育などによって実践されていく。その実践に於いて次第に都市構造というものが構築されていき、国家と都市計画という行為秩序が形成される。
その一連の歴史的推移の中で初めて近代社会が成立し、通貨が外国との交易を盛んにし、やがて産業革命が勃興するのである。
都市文明はだからそこで生活する都市生活者から徘徊者に至る迄刑法によって裁かれぬ様にするには一定の都市生活マナーを身につけることを強いられるのだ。それが都市生活に於ける歩行者から車の利用者に至る迄のルールであり、習慣であり、所作であり、仕草であり、表情なのである。挙動不審でない様に振舞う必要性を皆自主的に持つ様に自然に都市インフラが私達を強いるのである。つまり洗濯機が開発され市販される迄の都市生活と、それ以後の都市生活は必然的に変わらざるを得なかったし、洗剤の質の変化はもとより洗濯の概念自体が変改していったし、それは冷蔵庫と冷凍庫の発明によって買い物の概念は変改していった。それが車などを開発することを人類に追い込み、物流を発展させた。
その様なあらゆるニーズとニーズに対応した発明が人類に生活を改変させ、生活上の激変自体が別の産業を勃興させ、都市文明と都市生活と地方部との連携的な秩序を形成していった。それは都市生活に於いては地方共同体的な人間関係ではない形での擦れ違う人達は皆見知らぬ他人であるという事態自体に全く奇異な感情を持つことなく生活していくことを強いた。それが都市文明上での連動的な所作、行為習慣を我々に付帯させていったのだ。
しかしその様に地縁社会的に血縁共同体、親族共同体から他人同士が隣接して居住することが普通な状態へと変化していく迄には数多くの宗教的人心の統一などの国家秩序、言語共同体から統一言語国家などの政治形態の進化ということがあったわけだ。そして社会生活が移動に関しても公園などがあって精神的にも心にゆとりや平和な感情を持つ様にしていくには、その様な社会秩序自体が全ての市民にとって幸福であるという観念が定着していく必要があったわけであり、当然無法地帯が駆逐されていき、法治国家としての国民性が形成されていく過程では余分なものとして数多くの共同体的想像力は抹殺されていった筈だ。詩人であり劇作家であり映像作家でもあった寺山修司は現代都市文明が置き忘れていた素朴な個に内在する感情を抉って表示してきたのだ。それは寺山以前から以後の数多くの文学的天才によって示されてきた人類の試みの中でとりわけ私が啓発されたということでここで示しているに過ぎない。そもそも文学などという行為自体がそういった文明全体への懐疑的精神に彩られているのである。
社会生活、都市生活が便利であるということは一方では家族の家庭的平和ということが全市民にとって権利的に付与されていて然るべきだという前提があるのだ。それは起源的に遡れば宗教教義的モラルが介在しているだろう。しかし市民生活に於いてかつて宮中お抱え画家であった人達が次第に画家自身のアイデンティティに目覚め風景画などを描いていくこととなった時点で、宗教神話性、聖書題材的絵画から風景画、或いはある時期は王侯貴族の肖像を描いていた画家達が一般の市民の肖像も描いていくという習慣が定着していくに従って市民経済社会が実現し、商売などの自由が保証され、より脱神話性、脱宗教教義的な意味では人類の何処かには中世の様な時代でさえ無神論が内的には存在した筈であるところの人間中心の、人間主体の、しかも個主体の考えは画家達によってまず実践されたと言っても過言ではない。現代の独在論哲学の持つ人間中心主義は寧ろ内在的な現象性を意識し過ぎる余り却って形而上学的気分を煽り、現象学の考える他者論と向こうを張っているものの、現象学は現象学でより精神分析的傾向を強めさせる結果となっていることは、案外分析哲学と現象学の対立している様で居て同根であることを証明しているかの様である。これら二つとも却って哲学的問い自体を無神論的観念をクローズアップすればするほど有神論的位相に差し戻すことになっていることに学究当事者達自身さえ気づいていないのである。
唯他者との友愛的な仕事関係、家庭、友情などが市民生活に於いてモラル的に善であるとする前提思想が介在して都市生活や都市文明が成立していることは間違いない。
だから分析哲学などで他者に対する極度の懐疑を独我論的に発生させていることは、裏を返せば都市生活の利便性維持の為の個々の市民による連動、ATM利用から自動改札、あらゆる端末利用、あらゆる自販機利用などをすること自体が、そういう風に近代以降の市民社会に於ける隣人と巧くやること、つまり隣人愛的な教義が常識として定着していったればこそ実現しているのだ。つまり分析哲学に見られる他者への懐疑などは寧ろ市民社会成立以前には今よりはずっと当たり前の様に存在した筈なのである。その他者存在への懐疑自体を封殺する様に市民社会、都市生活というものが成立しているのである。
だからこそイスラム社会の反社会分子による自爆テロや、以前日本人を震撼させたオウム真理教などの存在が社会に痛烈なアイロニーを味あわせたのである。それはオウム真理教より数十年前に存在した日本連合赤軍派などの活動に於いても反国家主義的な観念から社会が安穏として前提してきた家庭的平和や家族の幸福観にアンチを唱え、社会構造全体を再考を促すムーヴメントであったことだけは間違いはない。勿論あれら全てが完全に社会全体、国家全体に与えたテロリズムであることに於いて我々が仮に実践的行為としては完全否定しても、問題提起が何らかの形で勃発していくことを阻止することは出来ないという教訓だけは我々日本市民に与えたし、アルカイダなどによる自爆テロは未だに世界市民に社会生活や都市文明の安穏とした利便性享受による幸福観に対して再考を促す仕方で精神の何らかの衝撃的記憶をトラウマ的にせよ、ショッキングなイヴェント、インシデントに対する記憶にせよ我々にインパクトを与え続けてきたことだけは間違いない。
アメリカは妊娠中絶さえ宗教教義的に許さないとするカトリシズムも存在する。神父だけでなく医師もそのテーゼ死守の為に協力する。彼等にとって進化論などもっての他である考えである。しかしだからこそ男女の健全な恋愛感情という強制に対するアンチとして同性愛者達にも市民権をという運動も発生させ、カリフォルニア州では同性婚も許されている。勿論バイブルベルトなどではそうも行かないことは今後も変わりないだろう。しかし日本では恐らく今後もカリフォルニア州の様な法整備には至らないだろう。同性愛が居てもいいが、それは法的秩序に於いて容認すべきことではないのだ。
日本はアメリカの様に絶対否定はしないから逆に、アメリカの様に法整備迄する必要がないということで、却って完全肯定思想は成立し難いのだ。つまり日本では緩やかに冷然とした差別が履行されていくのだ。アメリカでのKKKの様な完全差別が存在することが、逆に差別を完全否定する法整備に迄至る人種、同性愛差別撤廃のムーヴメントが成立するのだ。
社会生活に於いて利便性享受とその権利が納税その他の義務と共に全市民に保証されるという事実が都市社会、都市生活者に固有の連動的所作を身につけさせる。それは言語共同体から統一言語国家の成立を経て、国家自体の進化と連動が外国との交易秩序に伴って構築されていく過程で、市民生活を全うすることで得る幸福観に対してアンチを唱える様な詩人や思想家、哲学者の視点が全体のパーセンテージでより希少であることを前提した考えではあるのだ。つまり社会全体の連動が各市民の幸福にも還元され、従ってそれを自覚した市民が他人である都市生活の隣人に対して都市生活者固有の隣人愛的な所作を身に着けることをもって連動が実現されるのだ。だから会社では携帯電話を持ちたくはないという人は雇えないのだし、PC端末利用を渋る人に現代社会は就業出来ない仕組みが我々には提供されているのだ。それは洗濯機や冷蔵庫が発明されて市販され普及した段階で、そうでなかった時代では当たり前だった全ての常識が塗り替えられ、その変改自体に疑問を抱かない形でのみ我々は都市生活に同化し得る様になっているのだ。それが法治国家内での都市インフラ享受の権利と義務の履行によって実現した幸福であるという暗黙の触れが社会全体によって我々に提示されているし、その様に我々は振舞うのである。
そしてその享受事実に対して疑念を抱かない様に自主規制していくこと自体が都市文明とそれが享受されることを幸福として認可する市民の無意識と言ってもいい連動所作の実態なのである。
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