Monday, October 3, 2011

第二十章 時代的転換期から考える人類の将来Part2

 前回私はフェイストゥフェイスな対人関係はここぞという時の関係者内での意思決定、合意ではなくなりはしないと述べた。しかしその意思決定は常に結果だけ知らされ情報開示されることで批判に晒される。そして直ぐにその決定が好ましいか否かが判断される。そういう社会に益々人類は突入していっている。もし余りにも芳しくない結果が情報として齎されたならカダフィの様な運命を結果を出した責任者は辿ることになるだろう。
 それは既に文字情報が瞬時に駆け巡る世界の構造に於いて極めて自然である。

 又前回最後に述べた北海道と沖縄の文明的違いであるが、総じて全国が沖縄化していくことはあり得ないだろう。つまり地域共同体の文化が濃厚に残存する沖縄流は次第に消滅していくことだろう。そして北海道流の敢えて他人には干渉しない様にしていくという相互のライフスタイル、それを前回示した様にグローバリティと呼ぶなら、まさにグローバリティに則って世界全体が機能していく道を人類は求めるだろう。
 例えば京都、大阪、岸和田、東京の下町、鎌倉などは濃厚に共同体的雰囲気が文化として残っている。しかしそれはあくまでその地域だけのものであり、他地域出身者には関係ない。そして地域的特色として田舎歌舞伎とかそういったものは全国に残っている。そしてそういった非文明化された文物に対する憧憬の念は誰しも持っている。しかしその地方文物的文化が全国規模で改めて見直されるということはあり得ないに違いない。
 何故ならそれらはあくまでその地方、地域に生まれ育った人達によってのみ育まれてきているものであり、途中から引っ越してきた人達とは無関係に営まれているからである。

 次章では再び五百年後の世界で何が残っているかを考えるが、ある意味ではコンパクトに地方地域の文物がイメージ化されて説明がつき、万人が理解しやすい様なマニュアルが全国的規模で紹介されて、そのマニュアルの利便性自体が高く評価されることはあるだろうが、全国に観光都市の持つ存在理由が広まることはない様に、それはあくまで余暇に於ける旅行プランの一環としてのみ我々に潤いを齎すものであり続けるだろう。
 総じて人類は益々グローバリティに加担していく道を選ばざるを得ない。そういった意味では沖縄に基地負担を強いてきたある種の国家全体の利益の為に一地域だけに犠牲を強いる仕方は消滅しないだろう。只時々その犠牲を肩代わりすべきであるという考えは齎され、交代するということはあるかも知れない。
 何故そうであるかと言えば、共同体的非文明的文化、文物が我々にある種固有の郷愁と幻想を与え続けていても、それらが所詮全体を構成するものではないということは、言語的特殊性にある。沖縄でしか通じない言語が日本全国の広まる可能性は薄いし、北海道は逸早くそういった地方、地域の特殊な文化を抹殺する方向で進展していった場所である。
 勿論北海道でも方言は沢山残っている。しかし北海道では東北地方ほどの訛りも固有の語彙も少ない。東京よりも方言は癖がない。それは言語学的なグローバリティを実現させてきた土地と言ってよい。

 言語とはある部分では最も特色のないものの方がより個性の強いものを凌駕して伸して行くという傾向がある。英語が世界を制覇したのはフランス語やドイツ語よりも無個性的であるからである。勿論個性を純粋客観的に査定することは出来ない。しかし少なくとも英語がフランス人によってもドイツ人によっても日本人によってもそう変わりなく使用され相互に通じるということの内には英語自体が地域的地方的特色が色濃く言語自体に反映されていないからである。勿論英語にも方言はあるし、地域毎に使われる語彙に違いはある。しかしそれでもその方言的な地域的特色や地域毎の違いが英語という言語自体に大きく影響を与える様なものではない。それは日本語でもそうである。

 しかし沖縄の方言はそうではない。そもそも琉球語自体が別の言語である。従って沖縄の方言が日本全国を制覇出来ないことに沖縄出身者が不満を異様に募らせる時とは即ち沖縄が日本から独立する時である。それが著しく沖縄の人達にとって不利益であるなら、依然沖縄は共同体的幻想を日本全国にイメージ的な郷愁として与え続けるに留まろう。

 フェイストゥフェイス的対人関係と、その密室的決裁が重要案件では支配的でも、それらは即座に情報開示されることで批判に晒されるという事実は、ある意味では時節を得た判断を益々決裁者に求められるということ以外ではない。決裁という行為が決定的なものであるのではなく、相対的に批判対象である様な時代では、トップリーダーが各界でどんどん新陳代謝するスピードを加速化していくことだろう。それは総理大臣がころころ代わる様に全ての世界でそうであるということだ。そして二度とカリスマ性を帯びた名君主が幅を利かせるということに逆行することはないだろう。 従って昨今のロシアの状況は時代に逆行しているが故にまたぞろ大統領に返り咲くプーチン氏に悲惨な最期が待ち構えていると予言する向きも多いに違いない。ロシアは北朝鮮同様、民主主義が成立し得ない国家であり民族であることは明白だ。
 すると全世界がころころと為政者が交代する日本化をきたし、それでいて時々悲惨な最期を迎える為政者を生み出すサムタイムズ・カダフィ化(チャウシェスク化でもいいし、フセイン化でもいいのだが)という歪な起伏に富んだ世界状況が未来に於いて予想される。

第十九章 時代的転換期から考える人類の将来Part1

 私が何故人類が徐々に分岐していくと予想するかというと、ここ数十年の人類の歴史の推移を見るにつけ、今現在は大きな分岐店に差し掛かっていると思えるからである。
 一つには自然環境的に世界的規模で温暖化が進行して、それがでは一体本当に人類による二酸化炭素放出が原因であるかは統一された見解はない。要するに文明自体が引き起こしたのかそうでないかの結論は出ていない。
 既に十月に入ってから雪も降ったが、この夏季から突然冬季に突入する様な気候的温度的な急激な転換が次第に春と秋をもっともっと省略する様な形で恒常化していくと、人類の感性が次第に今迄あった様なタイプのグラデーション的変化に対応するものから、突如真逆のものへと転換するものへと変化していくかも知れない。
 要するに二値論理的な論理性を益々思考習慣的に際立たせていく可能性が大である。

 世代的には日本では戦争を思春期から幼少期に体験した七十代以上の人達、戦争を全く経験していない六十代以下の人達、しらけ世代、新人類世代、就職氷河期世代と来るが、それ以後の人達にとって、ポスト就職氷河期世代以降の人達は生まれた時に既に大半の電子機器が存在した。そしてゲームソフトに馴染んでいる。彼等は恐らく八十代になってもゲームソフトを楽しむだろう。オンラインショッピングやATM使用が当たり前の世代の人達にとって実際政治的現場でもビジネス的現場でも重要な案件はフェイストゥフェイスで決定されてきていて、それは端的に密室談合的なことであり続けたにも関わらず、決定事項と連絡事項だけで成り立っているウェブサイト上での記号的遣り取りの持つ形骸的建前的な世界の様相が支配的に感性へ侵食しているとすれば、やがて一切の電子機器から得られる情報を形而上的価値のもの以外ではないものとして、真実のコミュニケーションは実際に相対する言葉の遣り取りで行うべきであるということを知る為に益々秘密主義めいたものになっていく可能性がある。
 これは昨今のマスメディア主導型世論形成、世論誘導的な社会の在り方に於いて益々一見開かれた社会、つまり情報開示社会である様に見せかけ的には振舞いながら、その実一部既得権益者、つまり政治であれビジネスであれ実権ある人達だけによって密室で決定され、しかしそれをあたかもウェブサイト上では情報開示されているものだけが真実であるかの様に振舞う情報の遣り取りが白日の下に展開されている様相を演出している、二面性を強く持った社会に移行しつつある様に思える。
 事実ニュースで報道されることはプロセスではなく全て決定されたことだけなのである。

 しかし人類の感性は今はまさに青年世代の人達だけがユースフルな機器として端末利用しているが、次第に足腰の弱った老齢者達こそがオンラインショッピングから融資、株取引等を履行する利便性の下にウェブサイトの利用用途自体が進化していき、同時にタブレット端末によって電子書籍化された文章の世界が主流化していくと、文学的詩的感性自体がウェブサイト上での文字記号の戯れに伴って進化していき、政治やビジネスに於ける一部既得権益者達によるフェイストゥフェイス的密室談合の現実と二面的に共存していくそんな時代が益々未来に対して見えてくる気はする。

 詩や文学は益々ヴィジュアライズされていくだろうし、観念的記号化されていくだろう。絵文字や写真、デザインといったヴィジュアル的効果と共存したメッセージへと変貌を遂げていく。勿論アート展覧会表現、映画、形而上的哲学書物はそれらと並存して受け継がれていくだろうが、それらの長時間的メッセージ伝達(間接的な学習)と、時間節約的メッセージ伝達(直接的学習)とは分化していく可能性が大きいのではないだろうか?


 又話題を少々転換させると、人類はある部分では気候や風土で異なった文明の様相を展開させてきた。ロシア、北朝鮮型のデモクラシー不在型のファッショ統制国家は、日本では北海道では然程珍しいことではない。北の大地では当然気候風土に適応して生存していくことが第一に求められているが故に、隣人や都市部での他人への親切は義理的には成り立ち難い。それは冬季の自然環境の厳しさに対応した表情、感情節約型(情動エネルギーの温存の為の智恵)の対人的態度が常習化されている。
 その点では沖縄の共同体的隣人間共感は対極にある。端的に人類は北へ行くほどグローバリティが自然なものとして通用する。逆に南に行くほど共同体的隣人間共感は増す。
 これは文明観自体に地方差、地域差を齎している。

 しかしウェブサイト上での言語記号の遣り取りは、そういった地方差や地域差を一見無効化する様に振る舞い続ける。しかしその事実は逆に実存的にある固有の地域に人間が生活するというリアルを全く不変なリアルのまま押し留める。要するにそれらは決してウェブサイト上での記号の戯れから影響を受けない。それこそが身体的エロスであり、リビドーであり、実存の人間の生活である。
 しかしでは昨今それが実現しつつあるかと言えば、そうではなく昔から人類は言語記号を持った瞬間からそれは運命づけられていた。詩の世界では確かにゲーテ的な形而上的リアリティが時代を飛び越えたものとして今でも認識されているという事実と、より音リズム的で理解しやすい金子みすず的世界が現代ウェブサイト時代で身近なリアリティをメッセージ的に獲得していることがあたかも無関係の様に振る舞いつつ、内実的には同じ人類による言語への接しという形で共存している。
 民族差、文化差は恐らく記号の戯れという形で意味化されて伝わる。しかしその意味を作っている当の人間は何処か固有の土地に住まい、その地域的な風土と環境から物事を考えている。
 同じビジネスでも東京、横浜を中心とする関東地方と、大阪、京都、神戸を中心とする関西とでは違う流儀があるだろう。それは東北地方や北海道、四国や九州でもあり得る違いである筈だ。そして全ての市民はその地域毎に異なる不文律の中から考える。現実は常にある固有の状況に支配されているからだ。自分自身が住む家屋や隣接する地域の環境から何かを発想するからだ。しかしその違いを無効化させるグローバリティが言葉にはあって、たとえ北海道であれ沖縄であれ全く異なった文明的様相から発信して言葉化されたものの世界では形而上性がクローズアップされる。しかしその事実は、では実際に政治やビジネスでフェイストゥフェイスで履行される密室談合的関係者オンリーによる決済という現実をいささかも変えないどころか、益々メッセージ的固有の状況の無効化と共存しつつ、他との違いを際立たしていくことだろう。
 情報摂取自体が益々情報端末を通して個的なものとなっていっても、実際のビジネス的リアリティによって重要な決定事項を巡る対人関係は閉鎖的に専門化されていく。その溝は益々広がり、形而上的な価値創造と、リアルな社会の動向とが断続並行的に進展していくことは未来に於いても避けられまい。

 もし何らかの形で人類はより地下へ深く沈潜していく生活形態を取るなら、いずれ山岳地方で日本の様な地震の多い国では、有産階級による高地土地独占と、地下沈潜庶民との間で種分化され齎すかも知れない。
 しかし種分化してさえ、言語的にはグローバリティを維持したままであったなら、却って聖書のバベルの塔ではないが、既に古代で言語的分化を果たした時点で文明や言語圏の分化は決定づけられていたのだから、その言語によって文明を全て構築してきた人類が言語によって崩壊する可能性は、寧ろ種分化的な事態が進行していった時、海洋移動生活人類、地下沈潜人類、山岳高地独占人類による三つ巴の戦争によってかも知れない。
 次回は地下沈潜と山岳高地土地独占と海洋移動という三形態へと分化していく可能性の思考実験から実際に今地球上で存在する民族分化から考えていこう。

Friday, September 2, 2011

第十八章 地球上で生存(サヴァイヴァル)を賭けた人類の進化論的分岐可能性に就いて

 前章で示した国家規模のヴィジョン、倫理的基準に対するヴィジョンといった分岐が人類を民族的に閉じたレヴェルで推し進められている可能性は充分にある。例えばカリフォルニア州で実施されている同性婚の制度も、アメリカ全土に広がる可能性は小さい。そういった意味では同性の親同士の遺伝子合成ベビーが精子だけ何処から調達したら可能である(つまり卵子と子宮を役割分担することによって女性同士のカップルの子供は可能である。男性同士のカップルの場合はどうなるのだろうか?)。
 そういった倫理的規定、制度的な在り方への自然であることの認識は民族的に閉じていずに、同性婚を容認し得る世界市民とそうではない市民との間で亀裂が生じてくるという可能性はかなり大きい。つまり社会モラル毎の世界的に二つに分岐していく、という可能性である。
 
 それに対して人類全体が自然災害による地球環境の激変に伴って大きく幾つかに生活形態が分岐することを契機に、次第に遺伝子レヴェルでも分岐していく、つまり種分化的可能性さえゼロではない。
 例えば日本で言えば首都圏直下型地震、東海沖地震、富士山噴火型地震、南海地震が同時併発的に勃発して巨大な津波が沿岸部をすべて10キロ以上陸地を浸食していってしまい、次第に海の面積が地球的規模で拡大して、国民は陸地で住むことが出来るのが、一部有産階級だけになっていき、それを見越して既に沿岸地域では地下生活を余儀なくされた市民が多数派になっていたとしよう。日本では地下建造物の技術は優れている。しかし同時に地下へ送電するのには多大のコストがかかる。従ってある深さ以上は当然限界がある。
 しかしそこで日本人の中で突然変異的個人が現れる。それがルシフェリンが異常発現した個人であったとしよう。彼は身体全体が幼い頃から発光体になっていたのだ。しかも彼は夜型人間だったのだ。
 必然的に夜型人間のみ一切の太陽光を浴びずに生活し続けても精神的に異常をきたさないでいたとしよう。そして次第に更に深い地点迄地下生活者の居住区域は進展する。
 そして次第に日本人は三つへと生活形態が分離していく(それは日本だけでなく世界的規模になっていったとしよう)。
 つまり僅かに残存した陸地で生活していく有産階級、そして地下生活を余儀なくされ且つ一切の太陽光を浴びずに生活することで精神異常にならない階級の人達(下流社会的人達)そして体育会系のそのいずれにも属さぬ水軍的魂の人達は、既にアデン湾で活躍していた海賊の一味となって世界中で海洋生活人類として陸上生活有産階級とも地下生活下流社会の中でも自己身体発光体によって電気が少なくとも照明レヴェルでは不要な人類によって暖を取ること以外では一切電力エネルギーを必要としない人類(当然全ての電力エネルギーは地下農場維持だけである)、移動もさして大きなコストを必要としない人類とも決別した生活形態を採っていたとしよう。
 人類は陸上生活者、地下生活者、そして海洋生活者へと完全分岐していったのである。すると次第にこの三つの人類は種分化をきたし、相互に子孫を繁栄させることなく閉じた系として生活する様になり、当然連絡もとらない様になっていくのだ。そしてその子孫になるにつれ次第に相互に他者人類存在を知らない様になっていく。
 
 同性婚を成立させるモラルの人類と、そうではない保守人類とが文化レヴェルで分岐していく世界的規模の人類分岐可能性と同じくらい、この種の地震と津波、そして原発依存型生活者と、そうではない人達による分岐可能性はある。原発依存型の人達は陸上生活を営む。尤も或いは彼等こそ太陽光発電をするべきなのかも知れないが、そもそもそれだけの平地を獲得出来ないでいたとしたら(せいぜい埼玉県くらいの平地だけが沿岸部として残存しているわけだから)原発にしか依存出来なくなっているだろう。すると核廃棄物を発展途上国の地下に買うということも出来なくなっている(そもそも地球温暖化で世界の島々は海洋へと沈没しているわけだから)ので、地下へとそれを廃棄しようとする段になって初めて地下生活を選択して突然変異ルシフェリンがウィルスの様に広まった地下生活人類と邂逅し、そこで争い事が生じる。勿論海洋生活人類は始終海賊行為をして生計を立てていたので、当然陸上生活人類もそうおいそれと外国へと渡航することを海洋レヴェルでは断念している。当然貿易はままならない状態となっている。空路だけが残されているが、そもそも貿易がままならないレヴェルで国家間のバイラテラル、ユニラテラルな関係自体が閉塞化している。結局国際社会とは物資面ではなく、あくまでウェブサイト上での文化交流オンリーになっている可能性すらあるのだ。
 世界史だけを相互に語る自給自足オンリーの世界市民の完全独立生活形態だけが世界を支配しているのだ。
 この三つの人類へと生活形態が分岐して、種分化していく可能性の壮大なる思考実験は今始まったばかりである。次回はその詳細を分岐していく時期から、完全分岐した時代への歴史的経緯から考えてみようと思う。

Friday, April 22, 2011

第十七章 五百年後の世界では人類の遺産の何が残っているだろうか?Part1

 人類の未来を考える時四五十年先なら何とか見通せるとも言えるが、五百年となると中々創造がつき難い。そこで五百年前の世界から現代迄のことを参考にすることは無意味ではあるまい。つまり人類は何を求めてきたかということはここ五百年の人類の歴史から換算していけば、今後を見通す鍵くらいは見つけられよう。
 徐々に偉大なる先人を遡っていくと、ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685―1750)、アイザック・ニュートン(1642―1727)、ディエゴ・ベラスケス(1599―1660)、ウィリアム・シェークスピア(1564―1616)、ガリレオ・ガリレイ(1564―1642)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452―1591)という風になる。すると今から丁度五百年前に偉大なる仕事をしたのがダ・ヴィンチということになろうか?
 それから現代までのことを考えると、それは加速度的に都市文明が構築され人口が増加し、科学技術が進歩した時代だったということになる。
 しかし同じ加速度的進歩が人類に今後齎されるかということになると、疑問を抱かざるを得ないという考えも考慮に入れると、人類はどういう風に進路を決定していくのだろうかという思念に及ぶ。
 しかし少なくとも世界全体が宗教とか哲学とかだけに加担して、科学技術なんでもうどうでもいいという方向に行くとはとても思えないし、芸術や文学や演劇だけに現を抜かすという方向に行くとも思えない。恐らく相変わらず科学技術は最前線で我々の文明を維持しようとしつつ、芸術、文学、演劇などを人々は楽しみ、音楽や絵画を鑑賞したり、映画や舞台を楽しむということは変わらないだろうし、スポーツは依然エンターテインメントのトップポジションに君臨し続けることらだろうし、野球やサッカーを観戦しながらビールを飲んだり、ロックコンサートを聴きながらビールやハイボールを飲んだり、ジャズを聴きながらワインを飲んだりということは変わりないだろう。クラシック・コンサートも今迄の様に礼服に身を包んで行くという習慣も残るだろう。
 しかし重要なことはここ数十年の間にあったIT情報化社会による国際的な国境の無化はそのまま継続され、恐らくビル・ゲイツ、スティーヴ・ジョブズ、スティーヴ・ウォズニャック、マイケル・シュミット、ジュリアン・アサンジ、マーク・ザッカーバーグ等が思想家として歴史に刻まれ、実際に文筆業としての思想家は一エッセイストして数行だけしか歴史書には登場せず(エドワード・サイードも)、哲学者もご他聞に盛れず、ガンディーやマザー・テレサは宗教家として残り(人道主義者はそういう側面から人生を考えていたが故に)、孔子、ゴータマ・シッダールタ、老子、荘子、イエス・キリスト、ムハンマドといった人達は神話的存在となり、今の様に聖典は残るだろうし、音楽家で世界を席捲した一部の人達は音源も残るだろう(チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス、エルヴィス・プレスリー、ザ・ビートルズ、シカゴ、クィーン、マイケル・ジャクソン他)。
 只我々の生活上でずっと残ってきている車がどうなるかということは極めて興味深いことである。今迄の様に世界中の誰しもが車を乗り回すという方向に行くのだろうか?
 それは車だけでなく飛行機もである。ここら辺がエコ的観点で気になるところではある。
 映像的な世界、つまりヴィジュアライズされたイメージの世界は益々世界を席捲していき、多機能モバイルが携帯電話とパソコンの境界を無化し、要するに移動生活は益々世界規模となっていくだろう。宇宙計画がどうなっていくかということだが、世界中で宇宙にまで旅行出来る人達はやはり一部であるということは、宇宙旅行の是非とは別に変わらないという気はする。それは宇宙に全ての人類が等しく関心を注ぐとも思えないからである。
 生殖医療・遺伝子治療も益々盛んになり、デザイナーズベイビーも今よりもっともっと増えるだろう。しかし同時にそういったこと自体への反発心も一部では根強く残る気はする。不妊治療とサロゲートマザーの共存、そしてそういったこと全体への臓器移植などをも含めた医療合理主義に対する人類の中での一部の反発心を持った人々との間の延々と繰り返される思想的対立は今よりももっと表面化していくだろうし、クローンベイビーも今よりももっと多くなるという気もする。
 地域的な紛争はずっと絶えずに残るとも思われるし、時々今でもしている米軍による空爆もなくならないだろう。もっとも五百年後も依然アメリカが世界のトップリーダーである可能性は五分五分といったところかも知れない。しかしもしアメリカ以外の国が世界のトップリーダーになっていても、尚今の様な世界秩序の様なものは維持されるだろう。
 又民族というものもなくなりはしないだろうし、民族固有の言語も少なくとも現在維持されてきている国家公認の公用語は残っていくだろう。それに対して案外クリオールやピジンなどは然程隆盛を極めないだろうとは予想される。それを無化しているのが航空技術の進歩であろう。今現在船によって世界的規模の移動をする人はことビジネスではいないからである。今よりももっと世界都市空間は均質化していくことは避けられまい。そして各国の文化遺産に対する観光産業という形で民族宗教や伝統行事は残っていくのである。
 これからは鉄道自体もトンネル(海洋や山岳も含めて)などの建設によって益々無国境化されていくことだろう。そういう意味では世界が全ての市民にとって徐々に未知の部分が少なくなっていくことだろう。勿論これからも自然の脅威は地震、津波、雪崩その他幾つも起こり得るだろうから、当然人が住める地域とは世界全体からすれば、今とそう変わりないとは言えるだろうが、人類は世界的規模で農業その他の食の確保を考えていくだろうから、森林伐採などを国際法的に罰則を設けるなどして対処していくということは考えられる。
 延命医療が人類の身体を益々サイボーグ化していくという方向も考えられるが、その点でもそういった疾病対策と障害克服に関しても尚、徹底的合理主義で考える国家規模の医療ヴィジョンと、非合理主義者が徹底的に論争していくという絵図は思い描ける。
 その根拠は次回以降考えていくことにしよう。

Monday, February 28, 2011

第十六章 世界は意図に満ちている?/快苦と慣れ②

 「部分化する観光都市モデル」は我々が居心地のよさを、修正不可能である様に思わせる惰性的性向に根差しているし、又性行為を巡り快楽と、出産時に味わう母体の痛苦自体も、それが出産後にはけろりと痛みが退くが為に又ぞろセックスに対する欲望が沸々と沸き起こるという様な相も変わらぬ快楽志向(嗜好)を我々が惰性的に理性以外に絶えず携えて生活している、ということを意味している。
 ミシェル・アンリが「精神分析の系譜」(大阪大学での講義録)で示している情感性(「身体の哲学と現象学」でも充分示されていた)や自己触発といった語彙は、まさにそういった惰性的な身体的記憶、しかもそれをもう一度味わいたいという欲求と関係がある様に思える。
 例えば我々は京都、奈良、鎌倉といった古都に対して期待するものが、個人差よりは、より一般的に日本人にとって故郷の様に思えるものによって形成されているのではないか、とそう思える。勿論日本人にとって味噌汁は地方毎に少しずつ全部味も違おう。しかしそれでも尚全国何処に行っても味噌汁が飲めるということこそが日本であり、そのことに対して、それこそが一番嫌いであると言う人の方が圧倒的に少ないのではないか?
 その意味ではこういった伝統文化的なコードへの追随とさえ思えないある種の我々による同化といったことは、記憶が身体的に、幼児体験的に遡れるものであればあるほど、それが理想の環境の様になっていってしまうということかも知れない。
 だからこそ部分化された観光都市モデルが日本を、何処に行っても山形には山形なりの、福島には福島なりの、仙台には仙台なりの良さを我々に求めさせる。
 それはやはり家庭とは寛ぎのあるものであった方がよい、と多くの人達が考える様な意味での安らぎとか憩いといったことの基本に横たわっているのではないか?
 だからある忙しない都会の喧騒を目の当たりにしてさえ、そういった環境で育った人にとって、それが一番安らぎを与えるものとして存在し得る。だから快苦の規準とは、そういう風に個々人によって極めて振幅の大きいものであり、ある個人にとっての快は別のある個人にとって痛苦以外ではなく、その逆もあり得る。
 そしてそれはまさに身体的記憶(響きとか匂いとか、或いは言葉の語呂<方言など>や、要するに外界から授受するクオリアの様々な在り方として)と密接で、それが想像力の在り方自体に個人差を与えている。 
 恐らく現象学者で天才的作家でもあったミシェル・アンリが自己触発とか情感性と呼ぶものとは、そういったことではなかっただろうか?
 そしてまさに個々人にとって異なるクオリアの在り方を我々に与えているところの環境とかそれを形成させるのに大いなる役割を持つところの自然こそが、世界自体となって、そういう風に個々人に異なった感慨を全ての事物が与えるという事実こそが、世界の非意図的な意図である、と言えないだろうか?
 その意味では我々個人が、存在者が意志するところの意図とは全く違った様相で世界自体が意図を持って我々存在者全体へと対峙している、と少なくとも私には感じられる時がある。それは特に極めて大勢の生活者や就業者達が集う大都会の喧騒の渦の中にいる時にそうである。否京都や奈良や鎌倉などを闊歩している時ですら、同じ名刹を同じ様な関心で訪れるあらゆる世代の人達の行動や表情を眺めていても感じることである。
 ある人達にとってある名刹は極めてゆるりと寛げる雰囲気であるが、別の人達にとっては全く別の名刹がそうなのである。そして私などの様に薬師寺とか唐招提寺の様な名刹にそれぞれ固有の池などを探索することに寛ぎを見出させている。西大寺には西大寺に固有の池があった。つまり池の佇まい自体に、我々は名刹の固有性を嗅ぎ取れると私は考えているのである。
 それは鉄道ファンにとって駅舎とか、駅構内の建築構造自体が、ある都市とかある地方の固有の特色を象徴している様なものとして認知し得るということとも相通じる。そして私はあの上野駅の駅舎にロマンを感じるとか、久里浜駅の駅舎に懐かしさを感じるとか、要するに個々人に異なった寛ぎ方を与えている。まさにその様に個々人で異なる寛ぎ方は世界には千差万別あるという事実こそが、世界が非意図的に意図的であろうとしている様に私には感じられるのである。
 これはある意味では極めて紀行文学的感慨であるかも知れない。しかしこの紀行ロマン的な感慨を我々に与えているのも文化という側面もあるだろう。しかしもっとダーウィンの自然選択的な真理とも大いに関わっていると思われる部分も確かにある。
 大都会東京には様々な場所があるが、ある一群の人達はある場所に、別の人達は別の場所に屯する。このパターンとは案外流動的ではあるものの、沈殿して定着している、とも言える。新宿のゴールデン街に集う人達の性格は大体似通っているとも言えるし、京王プラザホテルの喫茶で談話する人達も大体似通っていると言える。それはどういう会話をするかということで決定されている。これこれこういう会話をするには、これこれこういう場所が相応しい、従ってこれこれこういう場所を一緒に歩くのなら、こうれこれこういう友人、知人と共にが一番いいという選択は個々人である筈である。それはある歌曲がBGMとして流れてくるのが相応しい場所、逆にある場所にはある歌曲がBGMとして流されることが相応しいということがあるのに似ている。それは全く個人毎に差違はあるだろう。しかしその差異はやはり同意よりは遥かに小さいのではないだろうか?つまり概ね一致し得る相応しさに対する判断があるのではないだろうか?
 つまりその概ね一致し得る判断があるからこそ、一方では多種多様な憩いの場所があるにも関わらず、それらが案外余りにも対立することなく、共存している、ということと、モラルとかエシックス(倫理)が我々によって相互の暗黙の同意の如く何時の時代にも存在している(アンチモラル的、アンチエシックス的人生さえ、そういった同意を積極的に求めているとさえ言える。つまり反社会性にとっては、社会性が自己をアウトサイダーとかアウトローとして際立たせる存在として積極的に必要なのである)のではないだろうか?

Friday, February 25, 2011

第十五章 世界は意図に満ちている?/快苦と慣れ

 何故人間の目が頭の下に二つ左右あるのか、ということを哲学者永井均は不思議がっていたことがある。もし目が頭の全体に幾つも据えつけられていたなら我々に悟性なるものはなかっただろう、と氏が語っていたことが印象的に思い出される。
 確かに目がもっと沢山前後左右に据えつけられてあったなら、我々自身の想像力は今とは全く違ったものになっていただろう。第一後ろに振り返るという身体行為さえ必要ではない。しかしもしそういう風に我々が生まれついていたなら、それはそれで何とかなっている、そしてその事実に日常的には何の疑問も抱かずに、それが当たり前であると信じて生活していただろう。
 それはパソコンが普及して、それが当たり前になってしまった我々の生活と同じ様なことであったろう。
 かつて司馬遼太郎はエッセイで、もし現代社会に大正時代に生活していた人がいきなりタイムマシンで連れて来られたら、一週間と生きていられないのではないか、と述べていたが、私はそうは思わない。それは今生きている人でさえそういう人達もいるのだから、逆に大正時代から連れて来られた人の個々の性格や資質にも拠るだろう。つまり電子機器などの仕組みから使い方まで関心を持ったり興味を抱いたり出来るタイプの人と、そうではない人とに分かれるだろうし、余りそういうことに普段は関心を持たない人であっても、いざとなったなら、必死に習得する意志を持てる人とそうではない人とに分かれるだけのことではないだろうか?
 ジャレド・ダイアモンドの名作著作である「銃・病原菌・鉄」で紹介されたエピソードにqwerty配列のタイプライターの話がある。これは今のパソコンのキー配列である。我々は一度既に慣れ親しんでしまったキー配列に何の疑問も抱かないが、ダイアモンドによると、これは右利きの人にとっては苦痛な配列であるという考えもあったらしい。要するに使用頻度の高いキーが左に集中しているが故に、私は左利きであるが故に何の痛苦も感じないで済んでいるが、本来右利きの人にとっては使い難い筈だ、というのである。
 当書によれば「1932年には、技術的問題が解決され、効率的配列のキーボードが開発され、使用者によって速度は二倍、使いやすさも95パーセント向上することが示された。ところが、その頃には、qwerty配列のキーボードが社会的にすでに定着してしまっていた。過去六十年以上にわたって、キー配列を効率化したタイプライターやコンピュータのセールスマンや製造業者によって粉砕されてきている。」(㊦第十三章 発明は必要の母である 倉骨彰訳、草思社刊)
 このテクストは1997年の原著であるから、十四年それから更に経っているので、実に七十年以上もの長きにわたって、その慣習的なことに我々の身体感覚は指先からならされてしまっているのである。我々は不便さにも結構耐えられる先験的能力も備えている、ということになる。それは私自身にさえ経験のあることなのである。
 例えば私は左利きであるが故にかつて左利き用の挟みを購入したことがあった。しかしそれを利用しようとすると、既に私自身が左でものを切ることを右利きの挟みですることに慣れてしまっていて、既にそれを補正することが困難に感じられてしまっていたのである。つまり一旦慣れてしまったものを、「本来はそちらの方が便利である筈である」ことの方に補正することが容易になされ得る期限というものが一体あるのだろうか?
 つまりある時間的時点を越えたら、それは身体的メカニズムによってかなり補正が困難化していってしまうということがあるのだろうか?
 その意味では我々人類は既に言語行為を当然のこととして進化してきてしまっているが、ある時点迄なら、或いは今の言語活動よりも「本当は」便利なもっと有効な方法が我々にあった可能性はあるのだろうか?
 これはある意味では極めて自然科学的立証を必要とする問いであるが、同時に極めて哲学的問いでもある。何故なら我々は眼が頭の下、額の下に二つ左右にあるという事実に慣れきってしまっているが故に発想し難いことでも、或いは額にも、まさに三つ目小僧の様に目がもう一つあったなら、我々は今とは全く違った(だから容易に現時点でその際にそういう発想をするということを想像し難いことであってさえ)、しかし意外と実現したら、即座に慣れっこ(馴れっこ)になってしまう想像力というものがあるのかも知れない。
 それは我々の生殖システムの運命にも当て嵌まる命題である。
 例えば通常我々は性行為に快楽(身体的な意味での)を伴う。しかしセックスがもし今の様に我々に感じ取られる気持ち良さが全くなかったなら、我々は果たして子孫を繁栄させてこられたであろうか?
 その気持ち悪さ(仮に今の様に快楽ではなく痛苦以外のものではなかったとして)を克服する為の処方を編み出すということ自体を可能化させていただろうか?
 それは不可能ではなかっただろうか?あくまで我々は今現在気持ちいいからこそ、もしそれが気持ち悪くなりだしたなら、それを以前の状態に戻そうとするのであって、最初から一度として気持ちよくなかったなら、我々の祖先はその段階で子孫を繁栄させることが出来ず遠からず絶滅していたであろう。そして我々も当然のことながら生存してなどいなかった。
 しかし母親は、母体を痛めて出産する。これも確かである。私は男性に生まれたので、終ぞ経験し得ずに生涯を終えることだろうが、陣痛をはじめとする母体の痛苦がもしなかったなら、いやもっと積極的に出産自体が極めて気持ちよい、快楽的なことであったなら、我々は生存し得たであろうか?恐らく生物学者なら多く進化論的な合目的性に沿って「それはそれで、容易に子孫を儲けられるが故に子孫の数が溢れかえってしまい、早く絶滅していたであろう」と結論するかも知れない。しかしそれは私達人類の女性が陣痛がある、という事実を前提にものを考えるからである。実際はどうなっていたかはやはり定かではないだろう。
 精子の数は個数としては無尽蔵であるとさえ言えるのに対し、卵子の数はそうではない。生涯に女性が生める子供の数は男性に比べて明らかに閉経をも考慮に入れると、限りがある。
 ここにダーウィンも考えていた性選択の問題も絡むし、性的葛藤の問題も浮上する。
 しかしこの様な思惟を可能化することは、まず我々の前に当該の事実が存在し、それを因果論的に過去に遡及する形で考えるという習慣に根差す。仮にqwerty配列を無効化するくらいのもっと今よりずっとずっと便利なキー配列が考案され、それが未来に於いて定着していったとしよう。しかしデヴィッド・ルイス的に発想して、実は既に七十年以上も前にその配列が発見され、それが普及しきっていた世界なるものさえ実在するのだとしたなら、我々の世界とは、その可能世界の中のほんの一例にしか過ぎず、永遠にそんな配列など発見され得ぬ世界と、その世界の住人も、我々には終ぞ出会えぬであろうが、実在するということになる。
 しかしもしそういった思惟が恒常化してしまったとして、それが真に我々の未来へと向けられたヴィジョンを持つということに貢献し得るであろうか?
 その問題は当ブログには問い続けること自体に余りある命題である(それは今日本ブログで始めた「存在と意味・第二部 日常性と形而上性」に任せておくこととしよう。本ブログは進化論的視座を中心に、あくまで人類学的な考察<限りなく社会学的視点をも導入して>にとどめておきたい。又そうすることによって、ブログ「存在と意味」との協力関係を取り結ぶことが可能であろう)。
 しかし本ブログではこの命題が世界にとって意図的であるか否かという査定に於いては他の一切のブログに比して最高度に極めて哲学的な部分もある、とだけは言っておきたい。

Wednesday, February 16, 2011

第十四章 人類の転換点から読み取れることPart3 従業員全てにミクロ的視野しか与えぬ部分化する観光都市モデルのメタ名刹と管理支配への欲求

 京都は訪れる度に部分化された観光都市であるという印象を強くする。何故なら各名刹が犇き合っているが、個々の名刹は異なった宗派であり、相互不干渉を貫いてきたし、各時代毎の権力者の菩提寺があったりして、要するにそれらが相互不干渉主義的に共存しているからである。
 この点更に歴史を遡る奈良は少し違う雰囲気も漂わせている。土塀に隙間が空いていたりして、そこから隣の名刹へも行けるという形で風土的にも自然に全てが融合している。従って京都の風景は四角く視界的に切り取られたトリミングされた世界であり、風景であり、自然なのである。
 従ってある区域に犇き合う名刹の位置関係を把握しているのは、以前からその区域に住んできた人達だけである。観光所の人も超有名な名刹以外は地図を広げて調べる。
 又名刹に勤める従業員達も必ずしも京都出身者であるとは限らない。従ってキヨスクでもそうであるが、何か京都に関することを尋ねても、即座に返答が齎されることはない。「観光案内所で聞いて下さい」と言われるのがおちだ。
 しかしこの様な光景は京都の様な古都観光都市だけではなくなってきた。次第に日本中の全ての衛星指定都市がそうなっているのだ。
 かつてある会社の従業員はある地方の人達だけで、つまり自元で固められてきたけれど、今はそうではない。全ての地方の会社でも様々な地方から赴任してきた人達で構成されている。昭和三十年代迄なら、ある会社とか駅の売店のおばさん達は大体その会社や駅近辺の人が働いていた。しかし今は違う。その波は既に昭和四十年代から加速化されてきた。そして今では既にメガロポリス東京の雰囲気は多層化された都市構造となっていて、ある区域で就業する人達の大半は全く別の場所からそこに訪れている。都市自体に地域色とか地方色は急速に失われている(このことは宇野常寛も思想地図βで述べていることでもあるが、彼は郊外にそれを見ている)。
 日本中にあるキヨスクの従業員は恐らくそんなに遠くから勤めているわけではないだろうが、キヨスクから自宅までの点から点への経由する路線だけは把握していても、キヨスクを取り囲む、例えば東京の新宿区のあらましに就いては殆ど知らないということも稀ではない。第一キヨスクに勤務していたなら、駅構内のことくらいは分かっても、駅を一歩外に出た後の街のことまでは知らないということがあっても可笑しくはない。
 これは就業している職業行為習慣にも拠る。営業パーソンならかなり多くの区域を足で確めているだろうから、かなり道に関しては詳しいが、一箇所に留まって勤務する人達はそうではない。従って飲食店勤務者もそうである筈だ。
 就業時間を終えて尚同じ街で飲みに行くとは限らない。新宿から和光市まで帰宅するとしたら、途中の池袋で立ち寄るという習慣の従業員もいるだろうからだ。
 これは一重に交通機関の発達によって容易に隣接する都市から働きにこれるという事情にも拠る。つまり一箇所での労働力は多くの地域、地方から構成されるという現実を容易にした。しかもその上にネット情報で日々新たな職を求めて全国から人々が彷徨って来るわけだから尚更である。
 従って観光都市は勢い、名刹の過去のイメージを出来る限り保存しようとする意識的な、意図的な努力によって、次第に地元空間ではなく、地元の過去のイメージを恣意的に構成するという意図を、その観光都市で就業している人達(隣接する都市や、もっと離れた都市から来る人達)によって付与され、次第にメタ地元になっていく。そして各名刹もメタ名刹になっていく。
 この意図的な商業戦略自体を私は「部分化する観光都市モデル」と呼ぼうと思う。だから当然各名刹に於いてその戦略構成に参画加担している従業員は、ミクロ的にしか自分が就業している名刹の町に就いては知り得ない。つまり就業者と、その地元民との間に感覚的なずれが来たすのである。
 するとメタ名刹を抱えた観光都市は、次第にメタ名刹を巡る文化財保護の名目に於いて、地元民の意見や考えとは別箇の形で地方交付税確保術的な管理支配が蔓延っていくこととなる。そして地元民はそういった部分化された観光都市モデルとメタ名刹保護という形で税金を徴収されることとなる。
 日本の全ての法人、組織、会社は既に地方色はない。だからある会社が立地している都市自体の知識に従業員自身が疎い、暗いということは通常のことである。そこで都市案内所が各所に設けられていて、その従業員も別の都市から来ている。つまり都市空間全体が完全に日本国内でのコスモポリタンになっていき、各都市の地域、区域色は脱色される。それが現代の都市構造の顕著な特徴である。
 全ての企業、名刹はメタ化されている。メタ企業化されたカラーで動いている。ブランドだけが残る。それは我々の耳に過去の記憶を呼び覚ますからだ。
 部分化された観光都市モデルが大都会を更に複雑化している。人間が就業している空間だけは都市面積が拡張されていないのに比して飛躍的に伸びている。地下空間、地上空間が多層化している(地震が起きたら一体どうなるのだろう?)。
 しかも隣接する店が何をしているかは開店してから、前の店舗が去ってから後に知ることとなる。街全体は既に管理支配から、メタ管理支配化している。つまり部分論的な都市空間のシンボルを保全することに政治家達は躍起で、都市全体を俯瞰する能力も権限も持たない。都市計画の不可能性をも示している。又部分化する観光都市モデルをイメージとして維持していく政治家の方が尊ばれる。例えば東京都知事とは、東京の都市空間維持の為の業務と、地元民の為の利益を供与する業務とでは著しく乖離している。従業員にとっては都市空間が便利でさえあればいい。しかし地元民は暮らしやすさを求める。そこに対立が生じる。結局地元民に経済力があれば、そちらに利益が回ってくるが、企業の方が金があれば、そちらの利害が優先される。又地方都市では、地元に根を張った大企業が居座ってくれるお陰で飲食店は儲かり、関連中小企業は儲かる。しかしそのことと自らが居住する家屋を所有した市民や区民、町村民とでは、やはり利害が対立する。稀に重複することはあっても、それは概して経済力の乏しい人達が工場などがあることによって工員の為のアパートなとに住めるということで、或いは飲食店や小売商達が利害を一致させているだけである。
 つまりもっと遠い都市へと働きに出ている人達の利害は又別である。僅か自由業者達がこの両者の対立に対して中立的立場にいられるに過ぎない。
 メタレヴェルでの都市イメージの維持は、意味化された都市空間であり、観光地方のイメージ戦略であり、他地方から観光客を呼び寄せる戦略となっている。そしてメタ名刹や部分化された観光都市モデルは、次第に全国を席捲していき、無個性化していってしまう。僅かに旧来から保全されてきた家屋や名刹の建造物が歴史を彷彿させるだけである。
 この地方政治、観光都市型政治モデルは、歴史の、歴史的イメージの形而上化された結果である。そして地元民の住み心地とか住み安さよりは、そういったメタ化、形而上化された観光都市モデルの維持の方に行政も、企業経営も傾斜していくという運命に現代都市はある、と言える。
 では一体その様な無個性化されつつある現代都市空間の中で我々は如何に寛ぎを見出していくのだろうか?そのことに就いて次章では考えてみたい。