Saturday, March 16, 2013

第二十七章 交通機関の発達に伴う風景認識の変化に就いてPart1

 人間にとっての社会生活を最も一変させたものは言う迄もなく交通機関の発達である。人間にとってのインフラで最も時間感覚も空間感覚も大きく変えた(それが無かった時代には無かった感性へと運んだ)という意味で交通機関に勝るものはない。
 その中でもとりわけ列車、陸上交通の移動手段の要である鉄道機関の発達は都市空間そのものを駅を中心とした商業活動から観光、主要産業の育成等と共に最も変えてきた。それは生活空間の在り方の根幹を激変させてきたと言える。昨今の渋谷駅周辺の再開発にもそれは顕著に見られる事である。
 その中で空間感覚を変えた事は、移動に伴う時間の節約という観点から旅行の概念を時間感覚的にも大きく変えた事でもあるが、それ以上に我々が日常目にする風景への認識をも大きく変えたとも言える。
 江戸期以前は道路も舗装されていなかった。しかし明治期後半には全国の鉄道が施設され、やがて自動車が走る様になり、昭和時代は個人が車を所有して移動する事が日常化された時代であった。個人で車を利用する以前にも既にバス利用は日常化されていた。
 道路の舗装はとりもなおさず徒歩で行く旅行にとって有用な道の概念を一変させた。要するにスピーディーに移動する為には出来る限り曲線を避け、直線移動を円滑にする様に道路が改変されていく必要があったので、概ねどの町でも旧街道の方が紆余曲折していて、新道の方が直線的である。そこに都市空間の旧道文化と新道文化の多層性も生じてきた。
 江戸期は極後半には道路も整備されてきていたとは言え、鉄道が敷かれていたわけでもないので、全て移動は徒歩によるものであった(籠に乗るという以外は)。従って全て足で地球を直に触れて全国を移動していた日本人にとって当然風景は少しずつ変化していくものであり、突然変化する風景とは山を超え谷を超えていた頃には徒歩で初めて崖の下に見えた海とかくらいであり、トンネルが整備されてき始めたもっと後の時代になってからである。
 その点ではあらゆる風景への認識と美観は現代人より微妙な変化に敏感なものであった事は間違いないだろう。明治期以降の工業化の波によって形成される工場地帯等の人工的インフラの整備によって初めて風景とは突如激変する事を強いられ、その風景の激変に我々は日常的に慣れっこになっているが、それは少なくとも江戸期迄は多くはなかった筈だ。それは移動に要する徒歩による時間を考慮に入れても言える事である。
 鉄道が施設され、バスが運行されるに到って移動とは点から点へのものとなる。乗降客は最初の内は風景の変化が徒歩よりは早く実感出来る事を楽しんでいたであろうが、じきにそれも飽きて車内で車窓を楽しむ心の余裕は都市空間内では希薄化し、鉄道もスピードアップするにつれて車窓を楽しむ事はローカル線以外では稀になっていったであろう。
 要するに途中の風景の微妙な変化を楽しむよりは、特筆すべき個別的なその土地固有の風景を点的に把握する様になっていく。つまり東京の名所、千葉県の名所、茨城県の名所、埼玉県の名所、栃木県の名所と電車に乗って移動するにつれて点から点へとどの土地でも所在する名所への着目が変化のプロセスより特筆するパノラマへの意識へと移譲させていったと言えよう。デジタル的な風景の変化は、アナログ的な微妙で緩やかな変化をさして注目すべき観点では無くしていったと言える。
 従って現代へ近づくにつれ風景認識は都市とその都市の中心に位置する駅とその周辺の都市空間の整備とに伴った不連続的な点集合へと線的連続的に徐々に変化していくプロセス的移行から意識を向かわせてきたのが人類による交通機関の発達に伴った風景認識上の意識変化の最たるものであろう。
 つまり風景とはある土地の特筆すべき部分として切り取られたパノラマを中心にあくまで部分化された記号と記号の間の緩やかな変化よりは、より切断された点的に中心化された観光空間、都市主要空間へと意識を向かわせるものとなり、徒歩でのみ実感し得たプロセス的変化を抹消化させる(まさに徐々に埼玉県から栃木県へと移行していったり、徐々に静岡県から愛知県へと移行していったりする事が徒歩では実感し得ても、電車移動では切断されてしか実感し得ないという部分としての)方向へと進化していったと言える。
 この風景の切断化、局所意識集中化という現象が世界の風景を一変させてきたのが二十世紀以降の人類史であるとも言える。それは周辺の脱中心化されたエリアのスラム化、そして荒廃していく過疎化傾向を助長してきた。
 その点をより脱中心化されたエリアを復興させるべく意図されてきたのはここ十数年の事にしか過ぎない。郊外型大型店舗等の登場によって初めて我々は少しずつ緩やかに変化していく郊外に再び注目していったわけである。人為的変化自体への意識の着目状態はここ百年くらいの間恒常化されてきていたが、郊外を再び活性化させようと試みてきたここ十数年の間に再び自然自体の緩やかな変化へ意識を着目させようと我々は目覚め始めているとも言える。
 しかし車による移動では知覚的には道路標識とか信号とか交差点等の方へしかより神経を集中させられない。徒歩で移動して初めて都市インフラ以外の自然環境へも意識を向けられる。
 移動スピードの向上によって失われるものとは自然環境による変化とそれに伴う文化的なエリア毎の微妙な差異への着目である。それが高速道路等のインフラによって道路整備の直線化によってエリア毎の文化的差異が事実上意識の上では無視される方向へと移行していった事だけは否めない。交通機関の発達していなかった時代での文化伝播スピードが極めて短縮化され飛び火的に人的移動によってミックスされた複合異文化構造(文化の突発的キメラ化と呼ぼう)のエリア固有の文化の様相は交通機関とそれによる人的移動の頻繁化によって促進されてきた。
 要するに昔であるなら余程の理由がな限りなかった筈の異なったエリア同士の異文化結合が今日に近づくにつれ突飛なものとなり頻発し、よりエリア毎の厳密な差異も薄れてきているとは言える。
 直線化された道路と鉄道の線路の直線性とは、あるエリアの中心地を設定する事と、それに伴って点的に特筆すべき観光誘引的なパノラマを他エリアと切断された個別のものとして現出させてきた。しかしそのある土地と別のある土地との間には確かに徐々に変化し移行していく文化様相や土地土地の人達による生活習慣、そして伝承された古典芸能等の少しずつの変化、緩やかな変化が本来は根付いていたのである。つまり都市空間の他エリアからの差別化こそが点的にあるエリアの文化を集中化させ、それ以外の今では郊外として再注目されてきているエリアを周辺へと追いやる傾向へと進展させてこられたのが二十世紀文明であったのだ。
 かくして傾らかな山系以外の多くの点的に局在化された都市空間やインフラとその周囲の点を囲う付随物の密集へとのみ旅の移動で注目される様になり、それ以外の線的な移動での緩やかな変化は徒歩者にのみ委ねられる様になっていった、そしてそれに今我々はやっと気づいたという所ではないだろうか?

Thursday, May 17, 2012

第二十六章 「~したい」と「~しなければいけない」から考える文明的発展プロセスとその事実への懐疑Part3 一応の纏め、そして次の命題の誕生

 前回私は「他者と対話獲得する為に必要なことは、国民としての義務を果たすことである。それは国家成立以前的な首長社会迄に通用した不文律や伝承的法とは違う。そこで明文化された法律が説明論理的に理解されている必要が生じてくる。又そこで初めて平等の権利などの命題が個人内部に強制的に移入させられる。そこで我々は倫理的な命題、もし仮に法律が何らかの事情で国家都市空間上で混乱したりした場合でも、それなりに「自分の判断で」他者に対して善であり得る様な他者への接しを持とうという意識はこの段階から発生すると考えられる。」と述べた。しかしこの叙述ではあたかも最初首長社会ではなかった自己判断が進化した段階での不文律や伝承的法より脱皮して法治国家的形態が確立されてから初めて人間理性が発生し得ると捉えられるがそうではない。我々は既に首長社会の段階で理性的判断もあった筈だ。しかしその段階ではその理性的自己判断が社会や国家的モラルとして定着されていないという部分で価値的に成員間の同意として認識されていいないという所が重要だったのである。
 そもそも人類はDNAレヴェルで人類となった段階で仮に今現在の様な言語活動を営んでいなかった段階であった当事から既に他者と協力し合うという意識を思考能力としても、或いは共感作用としても携えていた。その点では中島義道の様に言葉という制度が理性を育んでいると捉える事は人類学的には誤りである。中島の場合、要するに制度とは既に用意されている前提で対話を考えているが、実際は制度を作ってきたのも我々人類なのだ。
 自己判断がある段階から私的な判断ではなく、公的な判断でもあり得ると考えられる段階に達したという意味では中島に拠る「対話のない社会」で示した命題は活きてくる。そうである、確かに人類は公的価値としてではない形で首長社会の段階でも良心も協力的知性もあった。しかしそれを公的にも価値規範として語り得るのだ、と認識することが極自然に持てるとなれば、やはりそこで国家形態と法治国家という事実は必要なのである。
 人類が仮に内的に良心や協力的知性を持っていても、各社会成員への信頼がなければ、個人的良心も協力し合う自主性も他者と容易には語り得ない。それはまず首長からの承認を必要とする。しかし現代社会では既にそうではない。誰か権威化された存在からの承認以前的に我々は自発的に他者とモラル的価値に就いても語り得る。実はその部分での自由はやはり国家形態が確立されていくプロセスの中から進化していき、確立された、と考える事が自然である様に思われる。
 だから本来なら「しなければいけないこと」とは法的規約として公的価値として語り得る地点で義務化されているが、人間はその義務を自発的に自らに背負い込む快楽も持ち合わせているのだ。従ってそれは「しなければいけない」と態々言う必要がないくらに「したいこと」の中に、法的公的な価値として設定される前段階で我々は後に「しなければいけないこと」を含ませていた。しかしその良心や人間理性を公的にも高らかに語る事が憚られるという事は国家秩序形成前的には致し方ない。ひょっとしたらそういった良心や協力的知性が領土拡張を目論む一団から悪用されかねないからだ。
 その点で性悪的な対外的国防秩序を形成し完成した段階から逆に自発的良心や協力願望を相互に語り得る場を我々は獲得出来る。
 しかしそうなっていく前の段階では我々は領土拡張に伴う統治国家確立の為の官僚間での熾烈な利害闘争も経験した筈だし、私的に正義や良心や理性的自己理念を語る余裕はなかった(それはあってもひた隠されてきた)であろう。それを相互に語り得る様にする為にこそ一刻も早く領土を対外的に設定する必要があったと考えられる。そしてその意図は明らかに個人同士での公益とは異質の(それは狩猟民ではなく農耕民によってなされたと考えられているが)定住生活者集団としての国家体制確立の上での対外的国家の自己防衛と他国家との闘争に明け暮れることをも近代以降我々は経験したが、その相互に虎視眈々と侵略や覇権を行う歴史を予告していたのである。そしてその国家間闘争を可能としていったのも道具と武器の進化発展によってである。要するにテクノロジーの革命的進化によってより我々は国家体制の秩序をより上へ上へと押し上げてきたのである。そして対外的な殺戮とか侵略とか、その末に獲得したより高次の国家形態での汚職や官僚の腐敗によってその度に人間理性に就いて哲学者などに考えさせてきたという一面もあったのだろう。
 従って次回以降はこの安定的定住者集団としての国家成員の生活を保障してきた人間にとっての道具と武器のテクノロジーの進化と人間理性への問いを命題化させていくことに異論はないであろう。しかもこの問題は「第二十三章 都市文明に於ける連動と与えられた市民の幸福観 」で述べた都市空間での利便的社会機能利用を巡る我々のインフラから個人携帯のツールやディヴァイス利用を巡るインフラとツールの身体論へと展開していく可能性を有しているのである。

Monday, February 27, 2012

第二十五章 「~したい」と「~しなければいけない」から考える文明的発展プロセスとその事実への懐疑Part2

 前回の図式をもう一度ここに例示しよう。

第一次欲求の充足の為の貨幣経済→第一次欲求充足→第一次求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立→他者との間で親族間や家族内でだけ通用すること以外の価値の共有

※<第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立、の段階での様々な貨幣経済上での不正などが国家秩序成立を促したと捉えることは取り敢えず可能である。>

 実はここにもう一つ厳密には入れなければいけないことがあるのだ。前回は敢えて内容的に込み入るので避けたが、今回はそれがテーマである。
 それは「第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立」の間に都市空間=国家統括的空間に居住する為に国家法を遵守する習慣の定着

 他者と対話獲得する為に必要なことは、国民としての義務を果たすことである。それは国家成立以前的な首長社会迄に通用した不文律や伝承的法とは違う。そこで明文化された法律が説明論理的に理解されている必要が生じてくる。又そこで初めて平等の権利などの命題が個人内部に強制的に移入させられる。そこで我々は倫理的な命題、もし仮に法律が何らかの事情で国家都市空間上で混乱したりした場合でも、それなりに「自分の判断で」他者に対して善であり得る様な他者への接しを持とうという意識はこの段階から発生すると考えられる。
 それは第二次欲求実現の為の対話パートナーとしての他者というものが金銭報酬目的であるだけではない存在であったからである。
 しかしそれは一面では親しさの獲得であるが故に、国家法自体が都市空間が緊密化していけばいくほど生活者としてのストレスは大きくなり、そのボヤキ的意味合いでの獲得された親しさの中で「~したい」という感慨的意見を親しくなった他者へ告白する心の余裕を与える。
 その「~したい」というのは自由を獲得すること、つまり経済的余裕や時間的余裕を獲得することで限られた人生の時間の中で国家法から監視される様な雁字搦めではない形での自由な時間(それは経済力の構築によって可能となる)を得たいという「~」の内容である。
 それは国家法からの労働者に対する監視からの解放を意図的に画策した、つまり勤労、労働をより過度にこなすことで、逆に自由を獲得するという考えである。
 この時第一次欲求的な「~したい」の「~」とは全く切り離されたより高次の「~」の内容が得られる。
 つまり「~したい」ということはあくまで「~しなければいけない」ということ、この場合であるなら国家法遵守ということを通して、或いはそれを伴って初めて実現し得るものとして認識されている。そしてそうでないものなどないという認知は全ての「~したい」という謂いの実践者には得られている筈なのである。
 それが権利と義務の同伴ということである。尤も第一次欲求に関してはもっと本能的なことであり、最低限の食べて住んでいくことだが、第二次欲求に至って初めてより文明社会の到達点から文化へと移行し得る価値的行為が出現するのだ。
 勿論或いは最初から第一次欲求も第二次欲求も同伴されていたかも知れない。しかし少なくとも部族社会や首長社会の時代の人類は対話や会話で第二次欲求的内容がしやすい社会の雰囲気、或いはそういうことを許容する空気(嫌な言葉だ)はなかったし、今でもニューギニアに残存する首長社会などではそうであろう。
 こういった国家成立以前的社会では対話、会話は心の内部の個人にとっての対外的対社会認識的なことによって外面的には決定付けられる。仮に個人内部で主観的なことが考えられていても、それを容易に話題にし得る社会とそうでない社会とはあり得る。首長社会以下部族社会などでは心の内部を話題にすること自体が奇異に感じられるということはあり得る。
 従って倫理や道徳に関する正義論などが成立する社会全体の許容度はこれらの社会では生じ難いと言えるだろう。逆にそういった会話や対話が滞りなくなされていく様になるのなら、その時こそ国家法や国家体制というものを第二次欲求を滞りなく社会成員皆が考えることが出来る様に社会は移行していくだろう。尤も現代では既に行政単位的にそういった社会の人達が国家を形成することがまかりならないということもあるので、彼等は文明社会、つまり既存の国家へ帰属する様に部族首長社会から脱出を図る様になるだろう。
 倫理的命題は第一次欲求が充足されることが曲がりなりにもサヴァイヴァル的な臨界点をさ迷っているということのない状態、つまり定住状態、職業分化体制の定着などによって得られる対話や会話での「~したい」が高次の娯楽的、精神的ゆとりや充実感を求めるものに変貌していった段階で得られる。それは親族内だけで閉じた親族、一族郎党のサヴァイヴァルにだけ意識が向かっているのではない状態、つまり完全な他者、他人を身内と同じくらいに重要なレヴェルで取り扱い、友情や同一職業人としての横の繋がりが極自然に持てる状態から問われ得る。
 それは内発的要求が高まって臨界点に達したから皆の総意で国家を作ろうということであるよりは、もう少し各部族首長社会間の軋轢などによって自然と闘争状態が長く続いたりして、その懐柔策として各首長による討議などによって徐々に形成され、その後曲がりなりにも国家法的体裁が整えられ、通貨単位も統制されるに至って初めて各国家成員、つまり国民の間に他者と身内を等価に見做す公平の原理が導かれ、その通念の中から各自自然と倫理的命題を保有することが出来る様になっていった、と考えることが自然である。
 即ちいきなりデカルトのレス・コギタンスなどの命題的問いが噴出しているわけではないのだ。
 だから日常的な言語行為が常に部族社会や首長社会を存続維持していく為の裁定やら各命令系統による指示等だけに費やされている内は、高次の精神的内容の会話や対話は成立し得ない、と言うより仮にそういった心の奥底では誰しもがそういったリッチな内容を待ち望んでいても、それは余程周囲に誰も居ない、狩猟などを終えて帰路などで同僚同士で時たま交わす程度のものであったろう。
 しかし例えば現代社会では喫茶店などがあって、そこでビジネス目的だけではない会話や対話は日常的に見られる(これは19世紀くらいに市民社会の確立と共に促されたのであり、それ以前は地方などの共同体的な会合以外ではあり得なかっただろう)。
 纏めよう。
 「~したい」というのが「食わせてくれ。もう三日も食べていない」と言う時の「~」は第一次欲求のものである。そしてそういった餓死してしまう寸前であるということは現代でも十分あり得る。大震災などに見舞われた時にそれを誰しも経験した筈だ。
 しかし仮に大震災に見舞われても人生の本分、人生の幸福感の全てが唯食べて寝て働くだけであるとはどんな単純作業に従事する者も思っているわけではない。
 その精神的余剰の様なものの中に我々の生を生として見つめる眼差しがあり、それが第二次欲求以降の価値倫理である。
 要するに第二次欲求は損得の問題を凌駕する、損得の問題では推し量れぬ心の満足の問題なのである。
 従ってそれが良く作用せずに病理的に作用すれば犯罪へ行くし、ヒトラーの様な歪曲化の極地に至ればホロコースト迄招聘する様な事態にさえなり得る。
 我々は教育レヴェルで幼い内からナチズムをおぞましい歴史的事実と教わる。その段階で「~しなければいけない」という倫理的命題を有無を言わさずに心に叩き込まれる。
 日本は敗戦国である。その際に戦争は悪であると叩き込まれる。しかし原爆も悪であれば大陸侵略も悪であり、相互に悪を発動させる戦争に於いて自民族軍の都合を優先させることはどの国も同じである。南京大虐殺は中国側による誇張もあると近年日本人は考え始めている。それは全く間違っているとも言えないが、依然日本軍の所業を正当化すべく余地もない。勿論日本人自身が私も含めて対外的悪をも含めて領土と民族の独立を保持してきたことに感謝の念を抱くことは自由だし、権利である。しかしそれはどの民族にも内在する心理であるし、その「どの民族も」という観点こそが公的基準への倫理的要請である。
 「~しなければいけない」は公的基準の倫理的要請に於いて考えられる。それは現実生活に於いてである。国家というものが自民族という意識を植え付けるが故に、国家間という観念も生じるのだ。
 「~したい」も従って第二次欲求以降のものは、単純な欲望の充足ではなくなる。そこにはしかし同時にヒロイズムやナルシシズムも介在してくる。自らの本能的欲望を抑制する自己犠牲にはヒロイズムとナルシシズムも無縁ではいられないからだ。
 しかし生まれもって制限された条件でしか生を全う出来ない運命の者も当然世の中には存在する。そういった自分自身の立たされた生まれてきた時からの条件、つまり環境やDNAに対して感謝の念を持つことは重要だが、どの人類の個人、生物物理学的には個体も全て固有であるが故に権利的理念的平等の下に捉えられる。
 勿論権利的理念的にそうであるかが実質的に社会内存在としては不平等であるという現実と同伴している。従って「~したい」や「~しなければいけない」ということは当然こういった社会内不条理や矛盾を前にして重複させなければいけないという感覚で臨まれる場合もあるし、極自然にそういった感情に包まれることもある。
 つまり第二次欲求は哲学倫理学的要請というものが何か固有の専門家の間でだけ共有されるべきではない、という形で各国家成員に於いて自覚されることが自然であるということを誰しも否定し得ないという地点での思考や思惟を常に促進するものとして考えられ、そこからあらゆる個別的実践がなされるのだ、と言ってよいだろう。
 つまり対話や会話が「何かの為の手段」ではなく、それ自体が目的化されたものとして考えられる地点から許容され、それを無駄であるとか不合理であると捉えることがないという認識(もしそんな認識があれば、それこそが貧困な考えだと見做せる様な認識)に於いて考えられる社会は国家成立以降であり、その国家体制のあらゆる試行錯誤に於いて有史以来の人類史を考えることが出来る。そしてそれは国家的危機に直面した時代であればあるほど、精神的余剰を排除してはいけない、或いは「今そんなことを楽しんでいる時代ではない」という押し付け的意見を胡散臭いと言って憚らぬ意志も又求められていると言えるのである。

Sunday, February 26, 2012

第二十四章 「~したい」と「~しなければいけない」から考える文明的発展プロセスとその事実への懐疑Part1

 経済社会、つまり貨幣経済による交易や売買は国家成立以前に既に人類に於いて実践されていたとされる。このことは例えば最も基本的なまず食べて生活していく、何処かに定住して職業を持って、それで金銭的遣り取りで生活必需品を入手するという生活形態が定着してからの人類の普遍的な行為である。しかし何故それだけでよくて国家という規模の法的規制が人類にとって必要だったのだろうか?
 もし我々は基本的に何処かに住んで、食料を摂取して生活していくという欲求を第一欲求と名づけるなら、それは言語上では「~したい」ということの基本だと言ってよかろう。食べて生活していく為に仕事をする。そしてその折に金銭的な報酬を得る。そしてそれで生活必需品を購入するというシステムが紙幣などが発明される以前に確立していて、麦による貨幣交換行為から純粋銀貨(ギリシャ時代)、そしてそれを薄めた鋳造システムによるコイン(ローマ時代)といったものを経て、中世、近代を経過して現代へと至る過程では帝国であれ共和国であれ何であれ国家形態というものが確立して、国交ということが成立し、その間に軋轢や共同戦略などの全てが世界史で散見される。
 しかし何故敢えて国家形態が必要とされたかと言うと、それはある部分では金銭に換えられないものとしての価値というものへの着目が人類の先験的能力として備わっていたからだ、と言うことも出来る。
 「~したい」は極基本的な生活を成り立たす為のものである内は価値以前的なことである。食べたい、住みたいという欲求は、それを満たす為の就業という行為が求められ、それは止むに止まれぬ以前に強制的に全ての成員を放り込む。
 しかしそれが一定程度充足されると、今度は只管金銭を獲得する為だけに生活しているわけではないという反省も齎される。確かにいい家に住みいい食事をする為に必要な全てはある程度金銭的交換価値から獲得出来る。それこそが第一次欲求のある部分では果てしない欲望を我々に自覚させる。そしてそれは現代社会での金権政治から資本主義的退廃の全てを招聘してきた。その間に戦争なども勃発してきたわけだ。
 しかし人間は脳科学的にも証明されているが、腹側線条体などによる発火現象が他人の幸福を確認した時に得られるということからも、正義的、道義的な価値というものを嗜好する傾向を先験的に持っていると言える。
 例えば認知的不協和の軽減などの心理学実験からも判明している様に人間は報酬額の大きさだけから価値を判断していない。明らかに少ない報酬で必死に考えて得たことからの方が脳内発火現象的にも「喜び」を得ていることは既に証明されている。
 これは人類が一定程度の他者に対する優位を得たいということで必死に仕事でも何でも頑張るということに於いて本性的悪を発動せずに進化してこられなかったという事実以外にもう一つ、しかし本性的悪だけでも人類は満足してこなかったという事実をも我々に認めさせずにはおかない。
 金銭的高低、報酬額といったことに左右されない、それどころか報酬がより少ない或いは完全なるヴォランティア的状態でなければ満足しないという側面も人間にはある。これを仮に第二次欲求と呼ぼう。
 すると第一次欲求が一定程度充足される状態が維持されることの中で、次第に我々は初期段階、つまり第一次欲求充足如何での段階で「~したい」と考えていたことは第一次欲求充足とその維持に伴って「~」の部分で大きな変換をきたすことを証明している。
 それは価値的なことであり、物理的な自己欲求充足とは違うレヴェルのことである。例えば芸術などを鑑賞したいということもこの内に含まれる。勿論現代社会ではこの芸術などにも金銭は絡むが、本質的にこれは基本的生活維持という観点での第一次欲求ではない。既にある者にとって価値であっても別の者にとってはそうではない、或いはそうである必要もないし、その様に強制されないという自由選択の問題であり、その段での欲求を第二次欲求と呼ばずして何と呼ぼう。
 そしてそれは「~したい」ということの「~」の部分の本質的移行、転換を意味する。
 しかしこの移行過程で我々はもう一つの事態に遭遇する。ある者にとっての価値と別のある者にとっての価値が違っていいということの内にある価値観自体の衝突や対立は実は生活が安定化した段階での各社会成員の間での均衡というものを破壊する傾向へと社会を持ち込む。そこで必要とされるものは各利害調整的な法であり、法整備されることを可能化しやすい合理主義的なものとして国家という形態が必要とされる。その時我々は常に「~したい」ということだけでなく、「~しなければいけない」ということを巣食わせていくこととなるのだ。
 これは外部的な自己に対する強制による不可避的言語上での進展である。
 勿論言語学的にも哲学的にもこの「~したい」と「~しなければいけない」ということは同時的に認識されていた筈だということは言えよう。勿論それは正しい。しかしそれは少なくともギリシャなどのポリス国家群発生以降に定着していった考えであり、それ以前的には「~しなければいけない」は法整備的なこと(勿論それは貨幣経済施行ということの内にも在った筈だし、もっとそれ以前的にも殺人などに対して在っただろうが、それは国家法的なことではなく見せしめとか不文律的なことであったとも思われる)から派生する以前の親族内のみでの言語上での発信秩序である。
 道徳的倫理的な内的な根拠に基づく「~しなければいけない」は確かに国家法整備的な秩序に従わねばならぬということから派生するその構造とも違おう。しかしそれは少なくとも他人と顔を突き合わせたり、擦れ違ったりすることが珍しいことではなくなる段階での都市空間整備以降の他人へ向けて発信されるその謂いと、それ以前的な親族間でのその謂いとでは本質的に全く内的な意味での発信行為的意味でも違おうが、前者はある程度国家成立以降でこそ成立していくと私は考えるのだ。
 第二次欲求はしかしある部分では完全に定着していくのは、この他人と擦れ違うことが当たり前となっていく社会形態以降であると考えられる。何故ならそれは第一次欲求的なことで、その実現へ向けて発進される仕事の確保とか居住空間の確保というプロセスだけでは成立し得ないとも言えるからだ。ところがある一定程度の社会的地位や生活維持能力に伴って日常的平和を獲得すると、我々の意識は自分と同じ様な状態を獲得している他者全般へと意識が向かう。そこに対話とか会話も成立する。
 そこで第二次欲求として他者と運命を共にする、とか他者と金銭的にもだが、それ以外の価値的な共感としても協力し合うとかの、要するに同僚関係から友情に至る迄の獲得欲求を生じさせる。先程述べた芸術などの鑑賞とは実はこういった他者との共同的価値、価値共有、と言うことは社会内では価値を共有し合えない成員も大勢居るし、それらの他者との折り合いという形での対人的なメソッドも考案していく必要に迫られるということを意味するが、要するに他者との共存という形でのみ発生する価値という位相から捉えられるべきものなのである。そして文化とはここから熟成への道が用意されている、と言えるのだ。
 するとここで次の様な図式が考案される。

第一次欲求の充足の為の貨幣経済→第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立※→その都市空間で出会う他者との間の対話の成立→他者との間で親族間や家族内でだけ通用すること以外の価値の共有

※<第一次欲求充足→第一次欲求充足の為に必要とされる都市空間の成立、の段階での様々な貨幣経済上での不正などが国家秩序成立を促したと捉えることは取り敢えず可能である。>

 つまり我々が「~したい」ということの「~」の内容の進化と変転と、「~しなければいけない」ということの親族間での不文律的なことから他者をも巻き込み、或いは親族家族内での秩序とは別個の社会内存在としての価値規範から勘案される「~」の内容の進化と変転というものが共に考えられることとなろう。
 そしてもしジャレド・ダイアモンドの主張する(「銃・病原菌・鉄」)様に部族社会、首長社会から国家へと法整備的な追従自体が進化していく過程から考えれば、我々が現在「~したい」やら「~しなければいけない」と考えている極感性的な余暇に旅行をしたいとか観光名所を訪れたいとか、仕事を終えてから同僚や友人と共に飲食をして過ごしたいとかの欲求は第二次欲求であり、それは一つの都市空間定着後の文化的営みということとなり、それは必然的に他者間で成立する価値規範、そして意思疎通的にも倫理的思想的にも、あくまで無私的な部分、つまり親族内エゴイズムとは本質的に異なった位相にある内的自覚であると言えよう。
 それは仮に思想信条的にも個人的な価値規範でも違える他者とも妥協的に時には共同していかなければいけないという意味での「~しなければいけない」ということの親しい間柄での告白ともなろうし、国家法という形で我々が好むと好まざるとに関わらず関わらずにはいられない納税義務とか様々な形での市民としての義務という位相での言語上での発信ということになろう。
 「~したい」ということも確かに独身者にとって結婚したいということが原初的なことである様な意味では既婚者にとってはそれはある程度充足されている(勿論現代社会ではそこに既に不協和の様な心理的事態が発生していて、離婚とか色々な事態も在り得るわけであるが、それでも一応進化的には充足されると捉えるとして)のでより高次の段階へと欲求が進化し、それが第二次欲求であると言える。そこに友情とか余暇で過ごす趣味の時間、自分自身が社会的に強制される(引越しをする時に住民票を作る様な意味での)ことではない自由選択的な価値という問題が全て存在する。
 そしてそれは貨幣経済が交易交換行為が定着して以降複雑な分業システムに社会が移行して、その合理的社会機能維持の為に国家が成立し、国家観、国民意識、民族意識が成立して以降とみに顕在化し、明確化する価値によることである、ということは今日趨勢である、と思われる。
 次回は言語行為上でどの様にこの第一次欲求から第二次欲求充足のプロセス進化に於いてその質的違いが顕現されているかということを言語現象学的に、言語分析哲学的に考えてみよう。

Friday, December 9, 2011

第二十三章 都市文明に於ける連動と与えられた市民の幸福観

 現代社会では都市文明自体に同化する様に社会システム自体が我々を規定する。例えば朝電車に乗れば満員電車である故、切符を買うのもカードで改札を通過するのも全て後続の人に迷惑がかからぬ様に動き自体が連動的にスムーズさを求められる。そのてきぱきとした身のこなしはより加速度的に進化していく便利な機器のスピードアップを促進している。電子端末の画面遷移スピード、ATM一般の遷移スピードなどが一秒でも速くなっていくことが進歩なのであり、それを疑う者を取り残していく様に全ての都市インフラが整備されていく。
 しかしその便利な都市生活という事実は、その便利さを享受する側の全ての市民がそれをいいことであり、心地よいことであると受け止めることが自然である、という前提に於いて加速化しているのであり、そこに疑問を抱く者を取り残していく。時代から置いてきぼりを食らう様に個々人を強いる。
 何故そういう風に社会インフラ全体が便利で利用し心地良く存在するべきかと問われれば、それはそういう風に日常生活が便利であることが幸福的感情に繋がる筈だという疑問を不問に付すくらいの前提が思想的に設定されているからである。
 そういう風にして都市文明が全体的に機能維持されていくことで、余暇には家庭生活で幸福を享受していく市民が人生を充実したものとして過ごせるという安穏としたモラル的な幸福観が前提されているのだ。
 人類が狩猟採集生活期にはさして社会全体のインフラは整備されておらず、恐らく近隣の部族との折衝くらいがコミュニケーションの普遍性や一般性を模索する機会であったことだろう。しかし国家が成立する以前に既に交易は盛んになり、貨幣の前哨戦的存在のバーター的な行為から徐々に進化していく交易秩序が形成されていったであろう。
 それが広範囲になっていった時に必然的に国家と通貨が同時発生的に成立したとも考えられる。そして古代から中世に突入する頃には宗教教義が宗教文化秩序として人倫的幸福観とか人生観を市民に国家為政者や宗教指導者によって与えられ、その市民生活の基本的な義務と権利が納税やら教育などによって実践されていく。その実践に於いて次第に都市構造というものが構築されていき、国家と都市計画という行為秩序が形成される。
 その一連の歴史的推移の中で初めて近代社会が成立し、通貨が外国との交易を盛んにし、やがて産業革命が勃興するのである。
 都市文明はだからそこで生活する都市生活者から徘徊者に至る迄刑法によって裁かれぬ様にするには一定の都市生活マナーを身につけることを強いられるのだ。それが都市生活に於ける歩行者から車の利用者に至る迄のルールであり、習慣であり、所作であり、仕草であり、表情なのである。挙動不審でない様に振舞う必要性を皆自主的に持つ様に自然に都市インフラが私達を強いるのである。つまり洗濯機が開発され市販される迄の都市生活と、それ以後の都市生活は必然的に変わらざるを得なかったし、洗剤の質の変化はもとより洗濯の概念自体が変改していったし、それは冷蔵庫と冷凍庫の発明によって買い物の概念は変改していった。それが車などを開発することを人類に追い込み、物流を発展させた。
 その様なあらゆるニーズとニーズに対応した発明が人類に生活を改変させ、生活上の激変自体が別の産業を勃興させ、都市文明と都市生活と地方部との連携的な秩序を形成していった。それは都市生活に於いては地方共同体的な人間関係ではない形での擦れ違う人達は皆見知らぬ他人であるという事態自体に全く奇異な感情を持つことなく生活していくことを強いた。それが都市文明上での連動的な所作、行為習慣を我々に付帯させていったのだ。
 しかしその様に地縁社会的に血縁共同体、親族共同体から他人同士が隣接して居住することが普通な状態へと変化していく迄には数多くの宗教的人心の統一などの国家秩序、言語共同体から統一言語国家などの政治形態の進化ということがあったわけだ。そして社会生活が移動に関しても公園などがあって精神的にも心にゆとりや平和な感情を持つ様にしていくには、その様な社会秩序自体が全ての市民にとって幸福であるという観念が定着していく必要があったわけであり、当然無法地帯が駆逐されていき、法治国家としての国民性が形成されていく過程では余分なものとして数多くの共同体的想像力は抹殺されていった筈だ。詩人であり劇作家であり映像作家でもあった寺山修司は現代都市文明が置き忘れていた素朴な個に内在する感情を抉って表示してきたのだ。それは寺山以前から以後の数多くの文学的天才によって示されてきた人類の試みの中でとりわけ私が啓発されたということでここで示しているに過ぎない。そもそも文学などという行為自体がそういった文明全体への懐疑的精神に彩られているのである。
 社会生活、都市生活が便利であるということは一方では家族の家庭的平和ということが全市民にとって権利的に付与されていて然るべきだという前提があるのだ。それは起源的に遡れば宗教教義的モラルが介在しているだろう。しかし市民生活に於いてかつて宮中お抱え画家であった人達が次第に画家自身のアイデンティティに目覚め風景画などを描いていくこととなった時点で、宗教神話性、聖書題材的絵画から風景画、或いはある時期は王侯貴族の肖像を描いていた画家達が一般の市民の肖像も描いていくという習慣が定着していくに従って市民経済社会が実現し、商売などの自由が保証され、より脱神話性、脱宗教教義的な意味では人類の何処かには中世の様な時代でさえ無神論が内的には存在した筈であるところの人間中心の、人間主体の、しかも個主体の考えは画家達によってまず実践されたと言っても過言ではない。現代の独在論哲学の持つ人間中心主義は寧ろ内在的な現象性を意識し過ぎる余り却って形而上学的気分を煽り、現象学の考える他者論と向こうを張っているものの、現象学は現象学でより精神分析的傾向を強めさせる結果となっていることは、案外分析哲学と現象学の対立している様で居て同根であることを証明しているかの様である。これら二つとも却って哲学的問い自体を無神論的観念をクローズアップすればするほど有神論的位相に差し戻すことになっていることに学究当事者達自身さえ気づいていないのである。
 唯他者との友愛的な仕事関係、家庭、友情などが市民生活に於いてモラル的に善であるとする前提思想が介在して都市生活や都市文明が成立していることは間違いない。
 だから分析哲学などで他者に対する極度の懐疑を独我論的に発生させていることは、裏を返せば都市生活の利便性維持の為の個々の市民による連動、ATM利用から自動改札、あらゆる端末利用、あらゆる自販機利用などをすること自体が、そういう風に近代以降の市民社会に於ける隣人と巧くやること、つまり隣人愛的な教義が常識として定着していったればこそ実現しているのだ。つまり分析哲学に見られる他者への懐疑などは寧ろ市民社会成立以前には今よりはずっと当たり前の様に存在した筈なのである。その他者存在への懐疑自体を封殺する様に市民社会、都市生活というものが成立しているのである。
 だからこそイスラム社会の反社会分子による自爆テロや、以前日本人を震撼させたオウム真理教などの存在が社会に痛烈なアイロニーを味あわせたのである。それはオウム真理教より数十年前に存在した日本連合赤軍派などの活動に於いても反国家主義的な観念から社会が安穏として前提してきた家庭的平和や家族の幸福観にアンチを唱え、社会構造全体を再考を促すムーヴメントであったことだけは間違いはない。勿論あれら全てが完全に社会全体、国家全体に与えたテロリズムであることに於いて我々が仮に実践的行為としては完全否定しても、問題提起が何らかの形で勃発していくことを阻止することは出来ないという教訓だけは我々日本市民に与えたし、アルカイダなどによる自爆テロは未だに世界市民に社会生活や都市文明の安穏とした利便性享受による幸福観に対して再考を促す仕方で精神の何らかの衝撃的記憶をトラウマ的にせよ、ショッキングなイヴェント、インシデントに対する記憶にせよ我々にインパクトを与え続けてきたことだけは間違いない。
 アメリカは妊娠中絶さえ宗教教義的に許さないとするカトリシズムも存在する。神父だけでなく医師もそのテーゼ死守の為に協力する。彼等にとって進化論などもっての他である考えである。しかしだからこそ男女の健全な恋愛感情という強制に対するアンチとして同性愛者達にも市民権をという運動も発生させ、カリフォルニア州では同性婚も許されている。勿論バイブルベルトなどではそうも行かないことは今後も変わりないだろう。しかし日本では恐らく今後もカリフォルニア州の様な法整備には至らないだろう。同性愛が居てもいいが、それは法的秩序に於いて容認すべきことではないのだ。
 日本はアメリカの様に絶対否定はしないから逆に、アメリカの様に法整備迄する必要がないということで、却って完全肯定思想は成立し難いのだ。つまり日本では緩やかに冷然とした差別が履行されていくのだ。アメリカでのKKKの様な完全差別が存在することが、逆に差別を完全否定する法整備に迄至る人種、同性愛差別撤廃のムーヴメントが成立するのだ。
 社会生活に於いて利便性享受とその権利が納税その他の義務と共に全市民に保証されるという事実が都市社会、都市生活者に固有の連動的所作を身につけさせる。それは言語共同体から統一言語国家の成立を経て、国家自体の進化と連動が外国との交易秩序に伴って構築されていく過程で、市民生活を全うすることで得る幸福観に対してアンチを唱える様な詩人や思想家、哲学者の視点が全体のパーセンテージでより希少であることを前提した考えではあるのだ。つまり社会全体の連動が各市民の幸福にも還元され、従ってそれを自覚した市民が他人である都市生活の隣人に対して都市生活者固有の隣人愛的な所作を身に着けることをもって連動が実現されるのだ。だから会社では携帯電話を持ちたくはないという人は雇えないのだし、PC端末利用を渋る人に現代社会は就業出来ない仕組みが我々には提供されているのだ。それは洗濯機や冷蔵庫が発明されて市販され普及した段階で、そうでなかった時代では当たり前だった全ての常識が塗り替えられ、その変改自体に疑問を抱かない形でのみ我々は都市生活に同化し得る様になっているのだ。それが法治国家内での都市インフラ享受の権利と義務の履行によって実現した幸福であるという暗黙の触れが社会全体によって我々に提示されているし、その様に我々は振舞うのである。
 そしてその享受事実に対して疑念を抱かない様に自主規制していくこと自体が都市文明とそれが享受されることを幸福として認可する市民の無意識と言ってもいい連動所作の実態なのである。

Tuesday, November 15, 2011

第二十二章 時代的転換期から考える人類の将来Part4 オタクを成立させる土壌とは何か?

 オタクという語彙は日本にしかない。何故なら例えばアメリカという国はある部分極めて絶対主義的(シュプレマティズムとアートでは言うが)であり、且つプラグマティックな実力主義社会であるから、必然的に個人が個人に固有の能力である限りではマニアックであるくらいが常識なのであり、それを一々語彙化する必要などないからである(しかしアメリカはその熾烈な能力実力主義に対する解毒作用として宗教心が深く根差しボランティアが発達している)。
 従って日本の様なある程度お上から通達される「これよかれ」とされるモラルとか価値観から個人内部で逸脱するものをオタクと言う事で、何かそこに新たな価値が見出せるかも知れないと模索してきたここ十数年の間のサブカルチャーから発せられたムーヴメントは、それだけ日本がお上通達的枠組みに縛られてきたという事を意味している。
 だから例えばアメリカでは個人内部で価値とされる事に熱中するという事実に対して何か固有の隠微さも、マニアックさなども全くないと言っていい。つまり日本人にとってのオタク的心理には少なくとも日本人自身からすれば何処か後ろめたい、隠微で背徳的な匂いがあるのだ。そしてそこにそこはかとない美学を感じ取っているとも言える。それは例えば性とは包み隠すものであるという意識があるから、逆に女性の着物を剥ぎ取っていく事に愉悦がある様な意味で公に於いて却って承認を得ていない事の方に心理的な価値が置かれるという事も見逃せない。
 しかしオタクである当人とかその共感者の間では隠微さも陰湿さも背徳性もない。それを価値として受け取る当人達にはそれは極自然なことである。だからこういうことをもお上は価値としては認めてこなかったという抵抗の意図、或いは極めて皮肉めいたお上通達依存性への侮蔑がオタクカルチャー的世界の享受者にはある。いやあった。かつてその抵抗の意図を理解した人が例えば東浩紀だったりしたわけだ。
 しかし寧ろここ十数年の間の世界のウェブサイト上での様々なディヴァイスやツールや端末種の進化自体は既にかつて考えられた非オタク的なるものへの激しい侮蔑を象徴していると言えないだろうか?
 例えば価値としてこれこれこういうことは公にしていいし、これこれこういうことは陽が当てられて然るべきであるとする倫理や通念からすれば陰湿で根暗とされるカルチャー自体が、そのカルチャーを自然なものとする人達にとって、それでも公ではなかなか認められないから自嘲的にネクラという語彙を自分達を定義する上で発生させてきた背景に、それだけ価値自体が固定化して無味乾燥なものであったという批判がある。それはそう直に告げることなくカルチャーの増殖によって示されている。
 仮に野球を観戦するのが凄く好きであっても、異様にキャッチャーに意識が釘付けになるという見方も一種のオタク的精神である。要するに何か関心ある対象が異様なもの、奇異なもの、一般の人達が関心を注がないことというだけではなく、皆が関心を注ぐ対象の中のどんな要素に意識がかかりきりになるかによってオタク度が推し量られるとしたなら、オタクではない普通の見方が一番存在理由のない陳腐な見方だということにもなる。
 しかしそういったオタクが珍奇な存在として言われてきた時代は去りつつある。

 私がこの世に生まれた時当然ながらPC端末も携帯電話もなかった。しかし今の青年達の大半は生まれた時既にそれらが存在した。そして今赤ん坊である子供達は生まれた時既にスマホ等それら端末全部が揃っている。彼らはそれらを直ぐに使いこなす。今の子供は情報摂取に於ける記号的理解にあざとい。それは私達の世代が子供の頃とは大きく異なる子供の感性である。
 その感性の到来を示したアーティストが村上隆だった。彼は生の賛歌を既に実際の自然観察に於いてではなくアニメやサブカルムーヴメントそれ自体に見出して、その出会いを物語性として捉えた。その捉え方自体も記号的理解を前提としたものだった。それが現在の子供達にとって自然であると多くのコレクター達が判断したからこそ、世界的アーティストとして君臨出来たのだ。村上を知った青少年達の中のアートサークルの人達は、そこからウォーホルなどの存在に次第に系譜的に遡行してアート史を理解していくだろう。
 人は文学に目覚める時歴史的経緯に沿って関心を持つわけではない。例えば日本文学に目覚めた青少年はまず現代の文学の何がしかから影響を受け、然る後その文学者が影響を受けた前世代の作家に目を留め、次第に系譜的に理解していく。その中で少数の者だけが自分でも小説などを書こうとする者も現れ、中には文学史に関心を持ち文学研究者になっていったりする。
 同じ事は端末利用にも言える。端末の利用の仕方にあざといグッドユーザーは現代のプログラマー達の意図を即座に理解してどんどん巧くビジネスに応用してカスタマイズしていく。それは子供の内からそれらに習熟している人の中から現れる。
 同時に実際にその中には実際に現代のスマホがどの様な経緯でこの世界に登場したかを考える様になるだろう。しかしそれ以前にまず機器を使いこなす段階がある筈だ。その際にはコンピューターの歴史をチューリングマシーンからノイマン型、エニアック、MS-DOS、オフィス2000などと順を追って理解しているわけではない。それは文学に目覚めた少年少女が平安時代から時代順に読み物を読んで理解していったのではないのと同じだ。
 そしてその中で幾人かはビジネスにそれらを利用し、幾人かは機器製造の歴史に関心を持ちプログラマーなどになっていくだろう。
 だがプログラマーは自分で作った機器に耽溺しない。それをマニアックに使いこなす事には関心がない。それはグッドチェイサーたるグッドユーザーに任せておけばいい。従って必然的にグッドユーザーだけが最先端のプログラマー達による新開発された端末機器利用に習熟していく。
 現代は既にサブカルチャーオタクは大勢居るが、その中で際立ってカルチャーの内容に明るい人は極限られる。しかしサブカルオタクという存在規定自体が古びてくれば、かなり流動的であるはあるだろうが、グッドレシーヴァーはコンスタンツに出現していくだろう。
 東浩紀は哲学科出身の批評家なので、必然的に受け手に対する送り手の意識で全ての評論を書いている。それは「動物化するポストモダン」から「ゲーム的リアリズムの誕生」迄一貫している。しかし宇野常寛はそうではない。彼は既に受け手としての生活に全ての論旨を置いている。この違いは大きい。つまり宇野は既にウルトラマンであれ仮面ライダーであれリトル・ピープルであれ全て受け手の視点から書いている、つまり純然たるプロ批評の取るスタンス自体を採用していず、それらを受け手として享受するサブカルや文学オタクの立場から書いている。郊外文学が受け手にとって自然な環境であるという視点で文学も捉えている。
 それは最新の機器を開発するプログラマー達の視点ではないということを意味する。例えば最新機器を開発するプログラマーは最高に習熟したグッドユーザーの意見を取り入れる。彼らは常に新機種を開発する事に忙しく、一旦市場に出された全ての機器利用の利便性まで習熟しているわけではない。第一余りにも多くのアプリが存在するので、開発者自身が全ての利便性を知る事が出来ない。だが各アプリ毎に異なったニーズに対応したグッドユーザー達は次第に一旦市場に出された機器の利便性に応じて全機器に売り上げに於いてヒエラルキーを作っていく。それをプログラマー達は指標にして新たな機器開発へと勤しむ。
 宇野が評論家としては東批評の持つ受け手一般のリアリズム的感受の違いを送り手達がどう反応していったかという視点からではなく享受者の立場で書いていているのと同じ様に新情報端末機器開発者達を誘引しているのはグッドユーザーである。それは生まれた時点で既にスマホなどが全て登場していた世代が大人になる頃にはより加速化しているだろう。
 従ってオタクという語彙をより初期に使用した東批評的世界は既に時代的役割を終えて、今宇野評論が情報機器端末のグッドユーザーの様にサブカル、文学マニアの立場から送り手の意識を誘引していく様な文化の在り方こそが普通になっていった時、我々の生きる現在の時代ではオタクという語彙自体が死語になっていく事だけは間違いない。つまりPC端末利用を一切しない老齢者が居なくなっていた時既にこのオタクという語彙も死滅する。
 だからオタクを成立させる土壌とは全ての機器開発やサブカル、文学創造等が送り手の視点からのみ成立していた時代に於いてであり、受け手のグッドユーザーによる誘引という時代様相に於いてはオタクが成立する基盤がなくなるのだ。何故ならある機器や作品を享受するのが極一部の人達だけである時代などとっくに彼方へと後退しているからである。
 これからの時代のエリートは生まれた時、幼い時から馴染んできた機器や文化の受け手の中から時々出現するその機器開発の歴史や文化の歴史にまで視点を移行させていく中で登場する開発者だけでなく、寧ろそれ以上にグッドユーザーの中から次代の開発目標を探し当てる事が出来る(それによって開発者を刺激する)天才である。そしてそれは既にオタクという隠微な響きなど不要な真の意味での機器や文化に対する理解者、習熟者という言わば言語解析者なのである。そしてそういったエリートが出現しやすい環境を整備する意味でもオタクという語彙を死滅させていく必要があるのである。

Sunday, November 13, 2011

第二十一章 時代的転換期から考える人類の将来Part3

 私は毎日自宅で研究並びに詩作する生活をしているので、当然ながら日本国内のことしか具には語れない。従って本ブログで語る人類学的な予測はあくまで私自身の主観である。そして多くの日本人は海外の著名な哲学者や思想家、批評家の言う事なら傾聴に値するが、そうでない無名の市民のものは少なくとも権威化された価値はないので、適当に聞き流しておこうと思うだろう。それはしかしある程度は致し方ないことではあるものの陥穽でもある。率直に学者一般は知名度が上がれば確かに文明一般への提言を求められるが、それは確かに知性的な意味では的を突いていると言える部分はあるものの、やはり専門家としての偏り、つまり一般的視点から見て妥当ではない判断も多いと考えていた方がいい。
 例えばフロイトにせよアインシュタインにせよ、彼等の確立した学説は偉大であっても、同時に彼等の思想的提言迄が優れて歴史的価値があるとは限らない。
 しかし今回は日本社会の現況から見てネガティヴな意味でこのままその点が改善されないままで居たなら、どういう様相で未来の社会がなっていくかという面から考えてみたい。

 日本では小泉構造改革以降明確に変化した事実がある。それは端的にエリート養成に於ける一般市民からの提言を阻止するという不文律が確立された事である。
 要するに規制緩和路線の前提的な社会意識が東大を頂点とするエリート養成に関しては批判一切をご法度にしてきたという事だ。これが学界全体を支配するアカデミズム、つまりexclusiveな一部のインテリ達だけによる決済、つまりその理解を一般市民がしていくこととは関わりなくエリートはエリート内部だけで純粋培養されていって然るべきであるという思想である。元来アメリカはそういった視点から社会基盤が成立してきた国家であるが、日本はそれを完全に踏襲してきたという事だ。
 この点では東大出身の全ての著名論客に例外なく垣間見られる態度である(宮台真司、中島義道、東浩紀、斉藤孝、茂木健一郎その他大勢居る)彼等は基本的にエリート学者としての上から目線を社会的追随的にも反社会的にも一見正反対に見えながらその実全く構造的には特権意識の上でものを述べている。僅かに批判的視点を携えている人は東大出身者では立花隆氏と姜尚中氏くらいである。
 かつて東大教授を担当した建築家の安藤忠雄氏は東大生は受験勉強だけに明け暮れてきたので、必然的に人の気持ちが分からない歪な性格の学生が多いとテレビでもはっきりと述べていた。これは東大生一般に言える事なのである。従って東大出身者とは真実のエリートコースから脱落した人にとってはかなり熾烈な人生のドロップアウトが約束されている。それはオウム真理教に東大出身者が大勢居た事からも理解しやすいことではないだろうか?つまり一般企業では東大出身であるというだけで特権的意識を持って全てに(社会に対してさえ)臨んでいる新入社員は使い物にならないという不文律があって、従ってソニーの様な一切の学歴を伏せて新入社員を採用する企業以外では東大出身者であると分かった段階でリストから外すということは常識である。
 にも関わらず未だにトップエリートは東大学閥が最も多く人脈を構成している。東大以外の有名大学では慶応、早稲田、京大などがやはり多いが、慶応大学は圧倒的に経営者、早稲田と京大は東大に対するアンチ意識が比較的強い反体制的エリートを多く輩出してきた。
 しかしもっと問題として取り上げたい事は、こういった一般企業とか一般社会とエリート達との間の分裂した様相が実際の政治経済にも大きく影響を与えている事だ。
 つまりもしかなり悲観的に日本の将来を考えるとすると、それは極度に分極化した社会の到来が益々加速化するという事である。勿論只単に文化的な美とか偉大な芸術作品を産出させるという観点から述べるなら社会様相が安定化していず不安に支配されたり、極度の差別構造があったりした方がいいのかも知れない。事実「風と共に去りぬ」などの名作の背景には南北戦争があったわけだし、ハイデガーやサルトルなどの偉大な哲学の背景には戦争や不況といった現実があったわけだ。つまり戦争による退廃的気分とか歪な差別構造が「ルーツ」やカウンターカルチャーでの偉大なロックミュージックなどを生んできたという意味では社会の不安定要因は却って個としては偉大なる文化的遺産を生む契機でさえある。
 しかし社会全般から言えばやはりそういった人類の危機は回避させたいものである。何故なら極度に結論すれば人類がもし明日にでも絶滅するなら、却って真に偉大な思想や哲学はそういった様相から必ず生まれると思われるからだ。しかしそれを全ての人類が望んでいる筈はない。
 私が懸念する社会の到来は極度に全ての知に対して分極化した社会の到来である。それは電子機器利用に関してまず既に予兆している。実際に今販売されている全ての電子機器を一切のカスタマイズせずに購入し利用したらかなり高額な回線無線使用量を取られる。従ってかなり用意周到に利用目的と利用意図を明確化してから初めて必要なアプリのみを自分にとって最大に利便性があって安価で利用出来る様にカスタマイズしていく必要がある。しかしそれはあくまでかなり通信全般に明るい人にのみ可能な事なのである。と言うのは真の意味で身体の移動すら覚束ない老齢者にとってそれら各種端末利用が有効に機能しているとは情報開示的にも言えない(そもそもPC端末自体利用していない老齢者は数多い)。本来なら老齢者こそ通信は利用利便性を享受すべきであるのに、である。
 ウェブサイト、通信全般の上級ユーザーとはそれ自体存在様相としてはエリートなのである。それと全く同じ構造が学閥的学問のアカデミズムにも言えて、一体専門家がどの様な研究をして、日々学問全体がどの様に展開し進化しているかなどということは一般市民には情報開示的にはなかなか分かり難い様になっているのだ。又その為の啓蒙機関も良心的な形で、つまり安価で時間をゆっくりかけて行える機会は極めて少ない。つまり老齢者人口が益々増加していき生涯学習が叫ばれている割には依然専門家による仕事自体の啓蒙は極めて限定的なのである。
 ある程度アカデミックな教育を良心的なカルチャーセンターや著名文化人主催の私塾などで受けた人であるなら、最初に述べた様に有名学者とか偉人であっても見識的には誤りがある場合がある(例えばジョージ・バーナード・ショー<劇作家>はナチスを初期は支持していた)という懐疑主義を容易に携え得るだろう。しかしそういった見識を持たない市民は昨今の極度のTPP参加に対するアレルギーに見られる様に(或いは遺伝子組み換え食品に対する極度のアレルギーに見られる様に<この部分では日本人は完全にシャーマニズム民族性を露呈している>)偏見に満ち満ちた、しかしそれでいて異様に権威化された存在に対しては無自覚無条件に信奉するという態度を形作っている。
 しかし概してそういった教育機関は昨今の不況状況ではかなり経済的余裕のある人しか受講出来ない。しかも毎年東大その他の著名大学からは院生を卒業させてきているので、そういった若手講師をどんどん講師採用しているが、しかしそれらのトライアル自体を理解出来るだけの情報を一般市民は持っていない。この点でもいきなり高度な講義内容に接して一回はそういった講義を利用しても再度そういった場所に行く事を断念してしまうケースも多く見受けられる。
 要するに電子機器利用に関しても学問に関しても上級者と下級者との間のリテラシーディヴァイドは益々開くばかりなのである。そしてこういった開きが顕在化していき、その事実への反省がないままに現況が進展すれば、やがて社会は全てに関して二極分極化構造を呈する様になろう。
 それらのペシミスティックな予想から我々が教訓として学ぶべきは、実はいい意味でのオタク性、評論家である宇野常寛の主張する様な意味での個人的な趣味の延長上での追求という事自体も今よりももっと啓蒙されていて然るべきである。しかし当然の事ながら同じ様に青年世代や中年世代と老齢者がそういった命題に意識的であるかと言えばそうではない。つまりこの世代間ツール、オア、デヴァイスリテラシーディヴァイドの軽減をどうしていくべきかという事を、啓蒙機関並びに啓蒙者の育成と共にどう対処していくべきかという事が現在社会の二極分極化社会のいい意味での到来を阻止するウィズダムを養成していくものと私には思われる。
 次回はいい意味でのオタク性とはどういうもので、それは如何にして社会で共有され得る意識にしていくべきか、に就いて考える。