Friday, December 9, 2011

第二十三章 都市文明に於ける連動と与えられた市民の幸福観

 現代社会では都市文明自体に同化する様に社会システム自体が我々を規定する。例えば朝電車に乗れば満員電車である故、切符を買うのもカードで改札を通過するのも全て後続の人に迷惑がかからぬ様に動き自体が連動的にスムーズさを求められる。そのてきぱきとした身のこなしはより加速度的に進化していく便利な機器のスピードアップを促進している。電子端末の画面遷移スピード、ATM一般の遷移スピードなどが一秒でも速くなっていくことが進歩なのであり、それを疑う者を取り残していく様に全ての都市インフラが整備されていく。
 しかしその便利な都市生活という事実は、その便利さを享受する側の全ての市民がそれをいいことであり、心地よいことであると受け止めることが自然である、という前提に於いて加速化しているのであり、そこに疑問を抱く者を取り残していく。時代から置いてきぼりを食らう様に個々人を強いる。
 何故そういう風に社会インフラ全体が便利で利用し心地良く存在するべきかと問われれば、それはそういう風に日常生活が便利であることが幸福的感情に繋がる筈だという疑問を不問に付すくらいの前提が思想的に設定されているからである。
 そういう風にして都市文明が全体的に機能維持されていくことで、余暇には家庭生活で幸福を享受していく市民が人生を充実したものとして過ごせるという安穏としたモラル的な幸福観が前提されているのだ。
 人類が狩猟採集生活期にはさして社会全体のインフラは整備されておらず、恐らく近隣の部族との折衝くらいがコミュニケーションの普遍性や一般性を模索する機会であったことだろう。しかし国家が成立する以前に既に交易は盛んになり、貨幣の前哨戦的存在のバーター的な行為から徐々に進化していく交易秩序が形成されていったであろう。
 それが広範囲になっていった時に必然的に国家と通貨が同時発生的に成立したとも考えられる。そして古代から中世に突入する頃には宗教教義が宗教文化秩序として人倫的幸福観とか人生観を市民に国家為政者や宗教指導者によって与えられ、その市民生活の基本的な義務と権利が納税やら教育などによって実践されていく。その実践に於いて次第に都市構造というものが構築されていき、国家と都市計画という行為秩序が形成される。
 その一連の歴史的推移の中で初めて近代社会が成立し、通貨が外国との交易を盛んにし、やがて産業革命が勃興するのである。
 都市文明はだからそこで生活する都市生活者から徘徊者に至る迄刑法によって裁かれぬ様にするには一定の都市生活マナーを身につけることを強いられるのだ。それが都市生活に於ける歩行者から車の利用者に至る迄のルールであり、習慣であり、所作であり、仕草であり、表情なのである。挙動不審でない様に振舞う必要性を皆自主的に持つ様に自然に都市インフラが私達を強いるのである。つまり洗濯機が開発され市販される迄の都市生活と、それ以後の都市生活は必然的に変わらざるを得なかったし、洗剤の質の変化はもとより洗濯の概念自体が変改していったし、それは冷蔵庫と冷凍庫の発明によって買い物の概念は変改していった。それが車などを開発することを人類に追い込み、物流を発展させた。
 その様なあらゆるニーズとニーズに対応した発明が人類に生活を改変させ、生活上の激変自体が別の産業を勃興させ、都市文明と都市生活と地方部との連携的な秩序を形成していった。それは都市生活に於いては地方共同体的な人間関係ではない形での擦れ違う人達は皆見知らぬ他人であるという事態自体に全く奇異な感情を持つことなく生活していくことを強いた。それが都市文明上での連動的な所作、行為習慣を我々に付帯させていったのだ。
 しかしその様に地縁社会的に血縁共同体、親族共同体から他人同士が隣接して居住することが普通な状態へと変化していく迄には数多くの宗教的人心の統一などの国家秩序、言語共同体から統一言語国家などの政治形態の進化ということがあったわけだ。そして社会生活が移動に関しても公園などがあって精神的にも心にゆとりや平和な感情を持つ様にしていくには、その様な社会秩序自体が全ての市民にとって幸福であるという観念が定着していく必要があったわけであり、当然無法地帯が駆逐されていき、法治国家としての国民性が形成されていく過程では余分なものとして数多くの共同体的想像力は抹殺されていった筈だ。詩人であり劇作家であり映像作家でもあった寺山修司は現代都市文明が置き忘れていた素朴な個に内在する感情を抉って表示してきたのだ。それは寺山以前から以後の数多くの文学的天才によって示されてきた人類の試みの中でとりわけ私が啓発されたということでここで示しているに過ぎない。そもそも文学などという行為自体がそういった文明全体への懐疑的精神に彩られているのである。
 社会生活、都市生活が便利であるということは一方では家族の家庭的平和ということが全市民にとって権利的に付与されていて然るべきだという前提があるのだ。それは起源的に遡れば宗教教義的モラルが介在しているだろう。しかし市民生活に於いてかつて宮中お抱え画家であった人達が次第に画家自身のアイデンティティに目覚め風景画などを描いていくこととなった時点で、宗教神話性、聖書題材的絵画から風景画、或いはある時期は王侯貴族の肖像を描いていた画家達が一般の市民の肖像も描いていくという習慣が定着していくに従って市民経済社会が実現し、商売などの自由が保証され、より脱神話性、脱宗教教義的な意味では人類の何処かには中世の様な時代でさえ無神論が内的には存在した筈であるところの人間中心の、人間主体の、しかも個主体の考えは画家達によってまず実践されたと言っても過言ではない。現代の独在論哲学の持つ人間中心主義は寧ろ内在的な現象性を意識し過ぎる余り却って形而上学的気分を煽り、現象学の考える他者論と向こうを張っているものの、現象学は現象学でより精神分析的傾向を強めさせる結果となっていることは、案外分析哲学と現象学の対立している様で居て同根であることを証明しているかの様である。これら二つとも却って哲学的問い自体を無神論的観念をクローズアップすればするほど有神論的位相に差し戻すことになっていることに学究当事者達自身さえ気づいていないのである。
 唯他者との友愛的な仕事関係、家庭、友情などが市民生活に於いてモラル的に善であるとする前提思想が介在して都市生活や都市文明が成立していることは間違いない。
 だから分析哲学などで他者に対する極度の懐疑を独我論的に発生させていることは、裏を返せば都市生活の利便性維持の為の個々の市民による連動、ATM利用から自動改札、あらゆる端末利用、あらゆる自販機利用などをすること自体が、そういう風に近代以降の市民社会に於ける隣人と巧くやること、つまり隣人愛的な教義が常識として定着していったればこそ実現しているのだ。つまり分析哲学に見られる他者への懐疑などは寧ろ市民社会成立以前には今よりはずっと当たり前の様に存在した筈なのである。その他者存在への懐疑自体を封殺する様に市民社会、都市生活というものが成立しているのである。
 だからこそイスラム社会の反社会分子による自爆テロや、以前日本人を震撼させたオウム真理教などの存在が社会に痛烈なアイロニーを味あわせたのである。それはオウム真理教より数十年前に存在した日本連合赤軍派などの活動に於いても反国家主義的な観念から社会が安穏として前提してきた家庭的平和や家族の幸福観にアンチを唱え、社会構造全体を再考を促すムーヴメントであったことだけは間違いはない。勿論あれら全てが完全に社会全体、国家全体に与えたテロリズムであることに於いて我々が仮に実践的行為としては完全否定しても、問題提起が何らかの形で勃発していくことを阻止することは出来ないという教訓だけは我々日本市民に与えたし、アルカイダなどによる自爆テロは未だに世界市民に社会生活や都市文明の安穏とした利便性享受による幸福観に対して再考を促す仕方で精神の何らかの衝撃的記憶をトラウマ的にせよ、ショッキングなイヴェント、インシデントに対する記憶にせよ我々にインパクトを与え続けてきたことだけは間違いない。
 アメリカは妊娠中絶さえ宗教教義的に許さないとするカトリシズムも存在する。神父だけでなく医師もそのテーゼ死守の為に協力する。彼等にとって進化論などもっての他である考えである。しかしだからこそ男女の健全な恋愛感情という強制に対するアンチとして同性愛者達にも市民権をという運動も発生させ、カリフォルニア州では同性婚も許されている。勿論バイブルベルトなどではそうも行かないことは今後も変わりないだろう。しかし日本では恐らく今後もカリフォルニア州の様な法整備には至らないだろう。同性愛が居てもいいが、それは法的秩序に於いて容認すべきことではないのだ。
 日本はアメリカの様に絶対否定はしないから逆に、アメリカの様に法整備迄する必要がないということで、却って完全肯定思想は成立し難いのだ。つまり日本では緩やかに冷然とした差別が履行されていくのだ。アメリカでのKKKの様な完全差別が存在することが、逆に差別を完全否定する法整備に迄至る人種、同性愛差別撤廃のムーヴメントが成立するのだ。
 社会生活に於いて利便性享受とその権利が納税その他の義務と共に全市民に保証されるという事実が都市社会、都市生活者に固有の連動的所作を身につけさせる。それは言語共同体から統一言語国家の成立を経て、国家自体の進化と連動が外国との交易秩序に伴って構築されていく過程で、市民生活を全うすることで得る幸福観に対してアンチを唱える様な詩人や思想家、哲学者の視点が全体のパーセンテージでより希少であることを前提した考えではあるのだ。つまり社会全体の連動が各市民の幸福にも還元され、従ってそれを自覚した市民が他人である都市生活の隣人に対して都市生活者固有の隣人愛的な所作を身に着けることをもって連動が実現されるのだ。だから会社では携帯電話を持ちたくはないという人は雇えないのだし、PC端末利用を渋る人に現代社会は就業出来ない仕組みが我々には提供されているのだ。それは洗濯機や冷蔵庫が発明されて市販され普及した段階で、そうでなかった時代では当たり前だった全ての常識が塗り替えられ、その変改自体に疑問を抱かない形でのみ我々は都市生活に同化し得る様になっているのだ。それが法治国家内での都市インフラ享受の権利と義務の履行によって実現した幸福であるという暗黙の触れが社会全体によって我々に提示されているし、その様に我々は振舞うのである。
 そしてその享受事実に対して疑念を抱かない様に自主規制していくこと自体が都市文明とそれが享受されることを幸福として認可する市民の無意識と言ってもいい連動所作の実態なのである。

Tuesday, November 15, 2011

第二十二章 時代的転換期から考える人類の将来Part4 オタクを成立させる土壌とは何か?

 オタクという語彙は日本にしかない。何故なら例えばアメリカという国はある部分極めて絶対主義的(シュプレマティズムとアートでは言うが)であり、且つプラグマティックな実力主義社会であるから、必然的に個人が個人に固有の能力である限りではマニアックであるくらいが常識なのであり、それを一々語彙化する必要などないからである(しかしアメリカはその熾烈な能力実力主義に対する解毒作用として宗教心が深く根差しボランティアが発達している)。
 従って日本の様なある程度お上から通達される「これよかれ」とされるモラルとか価値観から個人内部で逸脱するものをオタクと言う事で、何かそこに新たな価値が見出せるかも知れないと模索してきたここ十数年の間のサブカルチャーから発せられたムーヴメントは、それだけ日本がお上通達的枠組みに縛られてきたという事を意味している。
 だから例えばアメリカでは個人内部で価値とされる事に熱中するという事実に対して何か固有の隠微さも、マニアックさなども全くないと言っていい。つまり日本人にとってのオタク的心理には少なくとも日本人自身からすれば何処か後ろめたい、隠微で背徳的な匂いがあるのだ。そしてそこにそこはかとない美学を感じ取っているとも言える。それは例えば性とは包み隠すものであるという意識があるから、逆に女性の着物を剥ぎ取っていく事に愉悦がある様な意味で公に於いて却って承認を得ていない事の方に心理的な価値が置かれるという事も見逃せない。
 しかしオタクである当人とかその共感者の間では隠微さも陰湿さも背徳性もない。それを価値として受け取る当人達にはそれは極自然なことである。だからこういうことをもお上は価値としては認めてこなかったという抵抗の意図、或いは極めて皮肉めいたお上通達依存性への侮蔑がオタクカルチャー的世界の享受者にはある。いやあった。かつてその抵抗の意図を理解した人が例えば東浩紀だったりしたわけだ。
 しかし寧ろここ十数年の間の世界のウェブサイト上での様々なディヴァイスやツールや端末種の進化自体は既にかつて考えられた非オタク的なるものへの激しい侮蔑を象徴していると言えないだろうか?
 例えば価値としてこれこれこういうことは公にしていいし、これこれこういうことは陽が当てられて然るべきであるとする倫理や通念からすれば陰湿で根暗とされるカルチャー自体が、そのカルチャーを自然なものとする人達にとって、それでも公ではなかなか認められないから自嘲的にネクラという語彙を自分達を定義する上で発生させてきた背景に、それだけ価値自体が固定化して無味乾燥なものであったという批判がある。それはそう直に告げることなくカルチャーの増殖によって示されている。
 仮に野球を観戦するのが凄く好きであっても、異様にキャッチャーに意識が釘付けになるという見方も一種のオタク的精神である。要するに何か関心ある対象が異様なもの、奇異なもの、一般の人達が関心を注がないことというだけではなく、皆が関心を注ぐ対象の中のどんな要素に意識がかかりきりになるかによってオタク度が推し量られるとしたなら、オタクではない普通の見方が一番存在理由のない陳腐な見方だということにもなる。
 しかしそういったオタクが珍奇な存在として言われてきた時代は去りつつある。

 私がこの世に生まれた時当然ながらPC端末も携帯電話もなかった。しかし今の青年達の大半は生まれた時既にそれらが存在した。そして今赤ん坊である子供達は生まれた時既にスマホ等それら端末全部が揃っている。彼らはそれらを直ぐに使いこなす。今の子供は情報摂取に於ける記号的理解にあざとい。それは私達の世代が子供の頃とは大きく異なる子供の感性である。
 その感性の到来を示したアーティストが村上隆だった。彼は生の賛歌を既に実際の自然観察に於いてではなくアニメやサブカルムーヴメントそれ自体に見出して、その出会いを物語性として捉えた。その捉え方自体も記号的理解を前提としたものだった。それが現在の子供達にとって自然であると多くのコレクター達が判断したからこそ、世界的アーティストとして君臨出来たのだ。村上を知った青少年達の中のアートサークルの人達は、そこからウォーホルなどの存在に次第に系譜的に遡行してアート史を理解していくだろう。
 人は文学に目覚める時歴史的経緯に沿って関心を持つわけではない。例えば日本文学に目覚めた青少年はまず現代の文学の何がしかから影響を受け、然る後その文学者が影響を受けた前世代の作家に目を留め、次第に系譜的に理解していく。その中で少数の者だけが自分でも小説などを書こうとする者も現れ、中には文学史に関心を持ち文学研究者になっていったりする。
 同じ事は端末利用にも言える。端末の利用の仕方にあざといグッドユーザーは現代のプログラマー達の意図を即座に理解してどんどん巧くビジネスに応用してカスタマイズしていく。それは子供の内からそれらに習熟している人の中から現れる。
 同時に実際にその中には実際に現代のスマホがどの様な経緯でこの世界に登場したかを考える様になるだろう。しかしそれ以前にまず機器を使いこなす段階がある筈だ。その際にはコンピューターの歴史をチューリングマシーンからノイマン型、エニアック、MS-DOS、オフィス2000などと順を追って理解しているわけではない。それは文学に目覚めた少年少女が平安時代から時代順に読み物を読んで理解していったのではないのと同じだ。
 そしてその中で幾人かはビジネスにそれらを利用し、幾人かは機器製造の歴史に関心を持ちプログラマーなどになっていくだろう。
 だがプログラマーは自分で作った機器に耽溺しない。それをマニアックに使いこなす事には関心がない。それはグッドチェイサーたるグッドユーザーに任せておけばいい。従って必然的にグッドユーザーだけが最先端のプログラマー達による新開発された端末機器利用に習熟していく。
 現代は既にサブカルチャーオタクは大勢居るが、その中で際立ってカルチャーの内容に明るい人は極限られる。しかしサブカルオタクという存在規定自体が古びてくれば、かなり流動的であるはあるだろうが、グッドレシーヴァーはコンスタンツに出現していくだろう。
 東浩紀は哲学科出身の批評家なので、必然的に受け手に対する送り手の意識で全ての評論を書いている。それは「動物化するポストモダン」から「ゲーム的リアリズムの誕生」迄一貫している。しかし宇野常寛はそうではない。彼は既に受け手としての生活に全ての論旨を置いている。この違いは大きい。つまり宇野は既にウルトラマンであれ仮面ライダーであれリトル・ピープルであれ全て受け手の視点から書いている、つまり純然たるプロ批評の取るスタンス自体を採用していず、それらを受け手として享受するサブカルや文学オタクの立場から書いている。郊外文学が受け手にとって自然な環境であるという視点で文学も捉えている。
 それは最新の機器を開発するプログラマー達の視点ではないということを意味する。例えば最新機器を開発するプログラマーは最高に習熟したグッドユーザーの意見を取り入れる。彼らは常に新機種を開発する事に忙しく、一旦市場に出された全ての機器利用の利便性まで習熟しているわけではない。第一余りにも多くのアプリが存在するので、開発者自身が全ての利便性を知る事が出来ない。だが各アプリ毎に異なったニーズに対応したグッドユーザー達は次第に一旦市場に出された機器の利便性に応じて全機器に売り上げに於いてヒエラルキーを作っていく。それをプログラマー達は指標にして新たな機器開発へと勤しむ。
 宇野が評論家としては東批評の持つ受け手一般のリアリズム的感受の違いを送り手達がどう反応していったかという視点からではなく享受者の立場で書いていているのと同じ様に新情報端末機器開発者達を誘引しているのはグッドユーザーである。それは生まれた時点で既にスマホなどが全て登場していた世代が大人になる頃にはより加速化しているだろう。
 従ってオタクという語彙をより初期に使用した東批評的世界は既に時代的役割を終えて、今宇野評論が情報機器端末のグッドユーザーの様にサブカル、文学マニアの立場から送り手の意識を誘引していく様な文化の在り方こそが普通になっていった時、我々の生きる現在の時代ではオタクという語彙自体が死語になっていく事だけは間違いない。つまりPC端末利用を一切しない老齢者が居なくなっていた時既にこのオタクという語彙も死滅する。
 だからオタクを成立させる土壌とは全ての機器開発やサブカル、文学創造等が送り手の視点からのみ成立していた時代に於いてであり、受け手のグッドユーザーによる誘引という時代様相に於いてはオタクが成立する基盤がなくなるのだ。何故ならある機器や作品を享受するのが極一部の人達だけである時代などとっくに彼方へと後退しているからである。
 これからの時代のエリートは生まれた時、幼い時から馴染んできた機器や文化の受け手の中から時々出現するその機器開発の歴史や文化の歴史にまで視点を移行させていく中で登場する開発者だけでなく、寧ろそれ以上にグッドユーザーの中から次代の開発目標を探し当てる事が出来る(それによって開発者を刺激する)天才である。そしてそれは既にオタクという隠微な響きなど不要な真の意味での機器や文化に対する理解者、習熟者という言わば言語解析者なのである。そしてそういったエリートが出現しやすい環境を整備する意味でもオタクという語彙を死滅させていく必要があるのである。

Sunday, November 13, 2011

第二十一章 時代的転換期から考える人類の将来Part3

 私は毎日自宅で研究並びに詩作する生活をしているので、当然ながら日本国内のことしか具には語れない。従って本ブログで語る人類学的な予測はあくまで私自身の主観である。そして多くの日本人は海外の著名な哲学者や思想家、批評家の言う事なら傾聴に値するが、そうでない無名の市民のものは少なくとも権威化された価値はないので、適当に聞き流しておこうと思うだろう。それはしかしある程度は致し方ないことではあるものの陥穽でもある。率直に学者一般は知名度が上がれば確かに文明一般への提言を求められるが、それは確かに知性的な意味では的を突いていると言える部分はあるものの、やはり専門家としての偏り、つまり一般的視点から見て妥当ではない判断も多いと考えていた方がいい。
 例えばフロイトにせよアインシュタインにせよ、彼等の確立した学説は偉大であっても、同時に彼等の思想的提言迄が優れて歴史的価値があるとは限らない。
 しかし今回は日本社会の現況から見てネガティヴな意味でこのままその点が改善されないままで居たなら、どういう様相で未来の社会がなっていくかという面から考えてみたい。

 日本では小泉構造改革以降明確に変化した事実がある。それは端的にエリート養成に於ける一般市民からの提言を阻止するという不文律が確立された事である。
 要するに規制緩和路線の前提的な社会意識が東大を頂点とするエリート養成に関しては批判一切をご法度にしてきたという事だ。これが学界全体を支配するアカデミズム、つまりexclusiveな一部のインテリ達だけによる決済、つまりその理解を一般市民がしていくこととは関わりなくエリートはエリート内部だけで純粋培養されていって然るべきであるという思想である。元来アメリカはそういった視点から社会基盤が成立してきた国家であるが、日本はそれを完全に踏襲してきたという事だ。
 この点では東大出身の全ての著名論客に例外なく垣間見られる態度である(宮台真司、中島義道、東浩紀、斉藤孝、茂木健一郎その他大勢居る)彼等は基本的にエリート学者としての上から目線を社会的追随的にも反社会的にも一見正反対に見えながらその実全く構造的には特権意識の上でものを述べている。僅かに批判的視点を携えている人は東大出身者では立花隆氏と姜尚中氏くらいである。
 かつて東大教授を担当した建築家の安藤忠雄氏は東大生は受験勉強だけに明け暮れてきたので、必然的に人の気持ちが分からない歪な性格の学生が多いとテレビでもはっきりと述べていた。これは東大生一般に言える事なのである。従って東大出身者とは真実のエリートコースから脱落した人にとってはかなり熾烈な人生のドロップアウトが約束されている。それはオウム真理教に東大出身者が大勢居た事からも理解しやすいことではないだろうか?つまり一般企業では東大出身であるというだけで特権的意識を持って全てに(社会に対してさえ)臨んでいる新入社員は使い物にならないという不文律があって、従ってソニーの様な一切の学歴を伏せて新入社員を採用する企業以外では東大出身者であると分かった段階でリストから外すということは常識である。
 にも関わらず未だにトップエリートは東大学閥が最も多く人脈を構成している。東大以外の有名大学では慶応、早稲田、京大などがやはり多いが、慶応大学は圧倒的に経営者、早稲田と京大は東大に対するアンチ意識が比較的強い反体制的エリートを多く輩出してきた。
 しかしもっと問題として取り上げたい事は、こういった一般企業とか一般社会とエリート達との間の分裂した様相が実際の政治経済にも大きく影響を与えている事だ。
 つまりもしかなり悲観的に日本の将来を考えるとすると、それは極度に分極化した社会の到来が益々加速化するという事である。勿論只単に文化的な美とか偉大な芸術作品を産出させるという観点から述べるなら社会様相が安定化していず不安に支配されたり、極度の差別構造があったりした方がいいのかも知れない。事実「風と共に去りぬ」などの名作の背景には南北戦争があったわけだし、ハイデガーやサルトルなどの偉大な哲学の背景には戦争や不況といった現実があったわけだ。つまり戦争による退廃的気分とか歪な差別構造が「ルーツ」やカウンターカルチャーでの偉大なロックミュージックなどを生んできたという意味では社会の不安定要因は却って個としては偉大なる文化的遺産を生む契機でさえある。
 しかし社会全般から言えばやはりそういった人類の危機は回避させたいものである。何故なら極度に結論すれば人類がもし明日にでも絶滅するなら、却って真に偉大な思想や哲学はそういった様相から必ず生まれると思われるからだ。しかしそれを全ての人類が望んでいる筈はない。
 私が懸念する社会の到来は極度に全ての知に対して分極化した社会の到来である。それは電子機器利用に関してまず既に予兆している。実際に今販売されている全ての電子機器を一切のカスタマイズせずに購入し利用したらかなり高額な回線無線使用量を取られる。従ってかなり用意周到に利用目的と利用意図を明確化してから初めて必要なアプリのみを自分にとって最大に利便性があって安価で利用出来る様にカスタマイズしていく必要がある。しかしそれはあくまでかなり通信全般に明るい人にのみ可能な事なのである。と言うのは真の意味で身体の移動すら覚束ない老齢者にとってそれら各種端末利用が有効に機能しているとは情報開示的にも言えない(そもそもPC端末自体利用していない老齢者は数多い)。本来なら老齢者こそ通信は利用利便性を享受すべきであるのに、である。
 ウェブサイト、通信全般の上級ユーザーとはそれ自体存在様相としてはエリートなのである。それと全く同じ構造が学閥的学問のアカデミズムにも言えて、一体専門家がどの様な研究をして、日々学問全体がどの様に展開し進化しているかなどということは一般市民には情報開示的にはなかなか分かり難い様になっているのだ。又その為の啓蒙機関も良心的な形で、つまり安価で時間をゆっくりかけて行える機会は極めて少ない。つまり老齢者人口が益々増加していき生涯学習が叫ばれている割には依然専門家による仕事自体の啓蒙は極めて限定的なのである。
 ある程度アカデミックな教育を良心的なカルチャーセンターや著名文化人主催の私塾などで受けた人であるなら、最初に述べた様に有名学者とか偉人であっても見識的には誤りがある場合がある(例えばジョージ・バーナード・ショー<劇作家>はナチスを初期は支持していた)という懐疑主義を容易に携え得るだろう。しかしそういった見識を持たない市民は昨今の極度のTPP参加に対するアレルギーに見られる様に(或いは遺伝子組み換え食品に対する極度のアレルギーに見られる様に<この部分では日本人は完全にシャーマニズム民族性を露呈している>)偏見に満ち満ちた、しかしそれでいて異様に権威化された存在に対しては無自覚無条件に信奉するという態度を形作っている。
 しかし概してそういった教育機関は昨今の不況状況ではかなり経済的余裕のある人しか受講出来ない。しかも毎年東大その他の著名大学からは院生を卒業させてきているので、そういった若手講師をどんどん講師採用しているが、しかしそれらのトライアル自体を理解出来るだけの情報を一般市民は持っていない。この点でもいきなり高度な講義内容に接して一回はそういった講義を利用しても再度そういった場所に行く事を断念してしまうケースも多く見受けられる。
 要するに電子機器利用に関しても学問に関しても上級者と下級者との間のリテラシーディヴァイドは益々開くばかりなのである。そしてこういった開きが顕在化していき、その事実への反省がないままに現況が進展すれば、やがて社会は全てに関して二極分極化構造を呈する様になろう。
 それらのペシミスティックな予想から我々が教訓として学ぶべきは、実はいい意味でのオタク性、評論家である宇野常寛の主張する様な意味での個人的な趣味の延長上での追求という事自体も今よりももっと啓蒙されていて然るべきである。しかし当然の事ながら同じ様に青年世代や中年世代と老齢者がそういった命題に意識的であるかと言えばそうではない。つまりこの世代間ツール、オア、デヴァイスリテラシーディヴァイドの軽減をどうしていくべきかという事を、啓蒙機関並びに啓蒙者の育成と共にどう対処していくべきかという事が現在社会の二極分極化社会のいい意味での到来を阻止するウィズダムを養成していくものと私には思われる。
 次回はいい意味でのオタク性とはどういうもので、それは如何にして社会で共有され得る意識にしていくべきか、に就いて考える。

Monday, October 3, 2011

第二十章 時代的転換期から考える人類の将来Part2

 前回私はフェイストゥフェイスな対人関係はここぞという時の関係者内での意思決定、合意ではなくなりはしないと述べた。しかしその意思決定は常に結果だけ知らされ情報開示されることで批判に晒される。そして直ぐにその決定が好ましいか否かが判断される。そういう社会に益々人類は突入していっている。もし余りにも芳しくない結果が情報として齎されたならカダフィの様な運命を結果を出した責任者は辿ることになるだろう。
 それは既に文字情報が瞬時に駆け巡る世界の構造に於いて極めて自然である。

 又前回最後に述べた北海道と沖縄の文明的違いであるが、総じて全国が沖縄化していくことはあり得ないだろう。つまり地域共同体の文化が濃厚に残存する沖縄流は次第に消滅していくことだろう。そして北海道流の敢えて他人には干渉しない様にしていくという相互のライフスタイル、それを前回示した様にグローバリティと呼ぶなら、まさにグローバリティに則って世界全体が機能していく道を人類は求めるだろう。
 例えば京都、大阪、岸和田、東京の下町、鎌倉などは濃厚に共同体的雰囲気が文化として残っている。しかしそれはあくまでその地域だけのものであり、他地域出身者には関係ない。そして地域的特色として田舎歌舞伎とかそういったものは全国に残っている。そしてそういった非文明化された文物に対する憧憬の念は誰しも持っている。しかしその地方文物的文化が全国規模で改めて見直されるということはあり得ないに違いない。
 何故ならそれらはあくまでその地方、地域に生まれ育った人達によってのみ育まれてきているものであり、途中から引っ越してきた人達とは無関係に営まれているからである。

 次章では再び五百年後の世界で何が残っているかを考えるが、ある意味ではコンパクトに地方地域の文物がイメージ化されて説明がつき、万人が理解しやすい様なマニュアルが全国的規模で紹介されて、そのマニュアルの利便性自体が高く評価されることはあるだろうが、全国に観光都市の持つ存在理由が広まることはない様に、それはあくまで余暇に於ける旅行プランの一環としてのみ我々に潤いを齎すものであり続けるだろう。
 総じて人類は益々グローバリティに加担していく道を選ばざるを得ない。そういった意味では沖縄に基地負担を強いてきたある種の国家全体の利益の為に一地域だけに犠牲を強いる仕方は消滅しないだろう。只時々その犠牲を肩代わりすべきであるという考えは齎され、交代するということはあるかも知れない。
 何故そうであるかと言えば、共同体的非文明的文化、文物が我々にある種固有の郷愁と幻想を与え続けていても、それらが所詮全体を構成するものではないということは、言語的特殊性にある。沖縄でしか通じない言語が日本全国の広まる可能性は薄いし、北海道は逸早くそういった地方、地域の特殊な文化を抹殺する方向で進展していった場所である。
 勿論北海道でも方言は沢山残っている。しかし北海道では東北地方ほどの訛りも固有の語彙も少ない。東京よりも方言は癖がない。それは言語学的なグローバリティを実現させてきた土地と言ってよい。

 言語とはある部分では最も特色のないものの方がより個性の強いものを凌駕して伸して行くという傾向がある。英語が世界を制覇したのはフランス語やドイツ語よりも無個性的であるからである。勿論個性を純粋客観的に査定することは出来ない。しかし少なくとも英語がフランス人によってもドイツ人によっても日本人によってもそう変わりなく使用され相互に通じるということの内には英語自体が地域的地方的特色が色濃く言語自体に反映されていないからである。勿論英語にも方言はあるし、地域毎に使われる語彙に違いはある。しかしそれでもその方言的な地域的特色や地域毎の違いが英語という言語自体に大きく影響を与える様なものではない。それは日本語でもそうである。

 しかし沖縄の方言はそうではない。そもそも琉球語自体が別の言語である。従って沖縄の方言が日本全国を制覇出来ないことに沖縄出身者が不満を異様に募らせる時とは即ち沖縄が日本から独立する時である。それが著しく沖縄の人達にとって不利益であるなら、依然沖縄は共同体的幻想を日本全国にイメージ的な郷愁として与え続けるに留まろう。

 フェイストゥフェイス的対人関係と、その密室的決裁が重要案件では支配的でも、それらは即座に情報開示されることで批判に晒されるという事実は、ある意味では時節を得た判断を益々決裁者に求められるということ以外ではない。決裁という行為が決定的なものであるのではなく、相対的に批判対象である様な時代では、トップリーダーが各界でどんどん新陳代謝するスピードを加速化していくことだろう。それは総理大臣がころころ代わる様に全ての世界でそうであるということだ。そして二度とカリスマ性を帯びた名君主が幅を利かせるということに逆行することはないだろう。 従って昨今のロシアの状況は時代に逆行しているが故にまたぞろ大統領に返り咲くプーチン氏に悲惨な最期が待ち構えていると予言する向きも多いに違いない。ロシアは北朝鮮同様、民主主義が成立し得ない国家であり民族であることは明白だ。
 すると全世界がころころと為政者が交代する日本化をきたし、それでいて時々悲惨な最期を迎える為政者を生み出すサムタイムズ・カダフィ化(チャウシェスク化でもいいし、フセイン化でもいいのだが)という歪な起伏に富んだ世界状況が未来に於いて予想される。

第十九章 時代的転換期から考える人類の将来Part1

 私が何故人類が徐々に分岐していくと予想するかというと、ここ数十年の人類の歴史の推移を見るにつけ、今現在は大きな分岐店に差し掛かっていると思えるからである。
 一つには自然環境的に世界的規模で温暖化が進行して、それがでは一体本当に人類による二酸化炭素放出が原因であるかは統一された見解はない。要するに文明自体が引き起こしたのかそうでないかの結論は出ていない。
 既に十月に入ってから雪も降ったが、この夏季から突然冬季に突入する様な気候的温度的な急激な転換が次第に春と秋をもっともっと省略する様な形で恒常化していくと、人類の感性が次第に今迄あった様なタイプのグラデーション的変化に対応するものから、突如真逆のものへと転換するものへと変化していくかも知れない。
 要するに二値論理的な論理性を益々思考習慣的に際立たせていく可能性が大である。

 世代的には日本では戦争を思春期から幼少期に体験した七十代以上の人達、戦争を全く経験していない六十代以下の人達、しらけ世代、新人類世代、就職氷河期世代と来るが、それ以後の人達にとって、ポスト就職氷河期世代以降の人達は生まれた時に既に大半の電子機器が存在した。そしてゲームソフトに馴染んでいる。彼等は恐らく八十代になってもゲームソフトを楽しむだろう。オンラインショッピングやATM使用が当たり前の世代の人達にとって実際政治的現場でもビジネス的現場でも重要な案件はフェイストゥフェイスで決定されてきていて、それは端的に密室談合的なことであり続けたにも関わらず、決定事項と連絡事項だけで成り立っているウェブサイト上での記号的遣り取りの持つ形骸的建前的な世界の様相が支配的に感性へ侵食しているとすれば、やがて一切の電子機器から得られる情報を形而上的価値のもの以外ではないものとして、真実のコミュニケーションは実際に相対する言葉の遣り取りで行うべきであるということを知る為に益々秘密主義めいたものになっていく可能性がある。
 これは昨今のマスメディア主導型世論形成、世論誘導的な社会の在り方に於いて益々一見開かれた社会、つまり情報開示社会である様に見せかけ的には振舞いながら、その実一部既得権益者、つまり政治であれビジネスであれ実権ある人達だけによって密室で決定され、しかしそれをあたかもウェブサイト上では情報開示されているものだけが真実であるかの様に振舞う情報の遣り取りが白日の下に展開されている様相を演出している、二面性を強く持った社会に移行しつつある様に思える。
 事実ニュースで報道されることはプロセスではなく全て決定されたことだけなのである。

 しかし人類の感性は今はまさに青年世代の人達だけがユースフルな機器として端末利用しているが、次第に足腰の弱った老齢者達こそがオンラインショッピングから融資、株取引等を履行する利便性の下にウェブサイトの利用用途自体が進化していき、同時にタブレット端末によって電子書籍化された文章の世界が主流化していくと、文学的詩的感性自体がウェブサイト上での文字記号の戯れに伴って進化していき、政治やビジネスに於ける一部既得権益者達によるフェイストゥフェイス的密室談合の現実と二面的に共存していくそんな時代が益々未来に対して見えてくる気はする。

 詩や文学は益々ヴィジュアライズされていくだろうし、観念的記号化されていくだろう。絵文字や写真、デザインといったヴィジュアル的効果と共存したメッセージへと変貌を遂げていく。勿論アート展覧会表現、映画、形而上的哲学書物はそれらと並存して受け継がれていくだろうが、それらの長時間的メッセージ伝達(間接的な学習)と、時間節約的メッセージ伝達(直接的学習)とは分化していく可能性が大きいのではないだろうか?


 又話題を少々転換させると、人類はある部分では気候や風土で異なった文明の様相を展開させてきた。ロシア、北朝鮮型のデモクラシー不在型のファッショ統制国家は、日本では北海道では然程珍しいことではない。北の大地では当然気候風土に適応して生存していくことが第一に求められているが故に、隣人や都市部での他人への親切は義理的には成り立ち難い。それは冬季の自然環境の厳しさに対応した表情、感情節約型(情動エネルギーの温存の為の智恵)の対人的態度が常習化されている。
 その点では沖縄の共同体的隣人間共感は対極にある。端的に人類は北へ行くほどグローバリティが自然なものとして通用する。逆に南に行くほど共同体的隣人間共感は増す。
 これは文明観自体に地方差、地域差を齎している。

 しかしウェブサイト上での言語記号の遣り取りは、そういった地方差や地域差を一見無効化する様に振る舞い続ける。しかしその事実は逆に実存的にある固有の地域に人間が生活するというリアルを全く不変なリアルのまま押し留める。要するにそれらは決してウェブサイト上での記号の戯れから影響を受けない。それこそが身体的エロスであり、リビドーであり、実存の人間の生活である。
 しかしでは昨今それが実現しつつあるかと言えば、そうではなく昔から人類は言語記号を持った瞬間からそれは運命づけられていた。詩の世界では確かにゲーテ的な形而上的リアリティが時代を飛び越えたものとして今でも認識されているという事実と、より音リズム的で理解しやすい金子みすず的世界が現代ウェブサイト時代で身近なリアリティをメッセージ的に獲得していることがあたかも無関係の様に振る舞いつつ、内実的には同じ人類による言語への接しという形で共存している。
 民族差、文化差は恐らく記号の戯れという形で意味化されて伝わる。しかしその意味を作っている当の人間は何処か固有の土地に住まい、その地域的な風土と環境から物事を考えている。
 同じビジネスでも東京、横浜を中心とする関東地方と、大阪、京都、神戸を中心とする関西とでは違う流儀があるだろう。それは東北地方や北海道、四国や九州でもあり得る違いである筈だ。そして全ての市民はその地域毎に異なる不文律の中から考える。現実は常にある固有の状況に支配されているからだ。自分自身が住む家屋や隣接する地域の環境から何かを発想するからだ。しかしその違いを無効化させるグローバリティが言葉にはあって、たとえ北海道であれ沖縄であれ全く異なった文明的様相から発信して言葉化されたものの世界では形而上性がクローズアップされる。しかしその事実は、では実際に政治やビジネスでフェイストゥフェイスで履行される密室談合的関係者オンリーによる決済という現実をいささかも変えないどころか、益々メッセージ的固有の状況の無効化と共存しつつ、他との違いを際立たしていくことだろう。
 情報摂取自体が益々情報端末を通して個的なものとなっていっても、実際のビジネス的リアリティによって重要な決定事項を巡る対人関係は閉鎖的に専門化されていく。その溝は益々広がり、形而上的な価値創造と、リアルな社会の動向とが断続並行的に進展していくことは未来に於いても避けられまい。

 もし何らかの形で人類はより地下へ深く沈潜していく生活形態を取るなら、いずれ山岳地方で日本の様な地震の多い国では、有産階級による高地土地独占と、地下沈潜庶民との間で種分化され齎すかも知れない。
 しかし種分化してさえ、言語的にはグローバリティを維持したままであったなら、却って聖書のバベルの塔ではないが、既に古代で言語的分化を果たした時点で文明や言語圏の分化は決定づけられていたのだから、その言語によって文明を全て構築してきた人類が言語によって崩壊する可能性は、寧ろ種分化的な事態が進行していった時、海洋移動生活人類、地下沈潜人類、山岳高地独占人類による三つ巴の戦争によってかも知れない。
 次回は地下沈潜と山岳高地土地独占と海洋移動という三形態へと分化していく可能性の思考実験から実際に今地球上で存在する民族分化から考えていこう。

Friday, September 2, 2011

第十八章 地球上で生存(サヴァイヴァル)を賭けた人類の進化論的分岐可能性に就いて

 前章で示した国家規模のヴィジョン、倫理的基準に対するヴィジョンといった分岐が人類を民族的に閉じたレヴェルで推し進められている可能性は充分にある。例えばカリフォルニア州で実施されている同性婚の制度も、アメリカ全土に広がる可能性は小さい。そういった意味では同性の親同士の遺伝子合成ベビーが精子だけ何処から調達したら可能である(つまり卵子と子宮を役割分担することによって女性同士のカップルの子供は可能である。男性同士のカップルの場合はどうなるのだろうか?)。
 そういった倫理的規定、制度的な在り方への自然であることの認識は民族的に閉じていずに、同性婚を容認し得る世界市民とそうではない市民との間で亀裂が生じてくるという可能性はかなり大きい。つまり社会モラル毎の世界的に二つに分岐していく、という可能性である。
 
 それに対して人類全体が自然災害による地球環境の激変に伴って大きく幾つかに生活形態が分岐することを契機に、次第に遺伝子レヴェルでも分岐していく、つまり種分化的可能性さえゼロではない。
 例えば日本で言えば首都圏直下型地震、東海沖地震、富士山噴火型地震、南海地震が同時併発的に勃発して巨大な津波が沿岸部をすべて10キロ以上陸地を浸食していってしまい、次第に海の面積が地球的規模で拡大して、国民は陸地で住むことが出来るのが、一部有産階級だけになっていき、それを見越して既に沿岸地域では地下生活を余儀なくされた市民が多数派になっていたとしよう。日本では地下建造物の技術は優れている。しかし同時に地下へ送電するのには多大のコストがかかる。従ってある深さ以上は当然限界がある。
 しかしそこで日本人の中で突然変異的個人が現れる。それがルシフェリンが異常発現した個人であったとしよう。彼は身体全体が幼い頃から発光体になっていたのだ。しかも彼は夜型人間だったのだ。
 必然的に夜型人間のみ一切の太陽光を浴びずに生活し続けても精神的に異常をきたさないでいたとしよう。そして次第に更に深い地点迄地下生活者の居住区域は進展する。
 そして次第に日本人は三つへと生活形態が分離していく(それは日本だけでなく世界的規模になっていったとしよう)。
 つまり僅かに残存した陸地で生活していく有産階級、そして地下生活を余儀なくされ且つ一切の太陽光を浴びずに生活することで精神異常にならない階級の人達(下流社会的人達)そして体育会系のそのいずれにも属さぬ水軍的魂の人達は、既にアデン湾で活躍していた海賊の一味となって世界中で海洋生活人類として陸上生活有産階級とも地下生活下流社会の中でも自己身体発光体によって電気が少なくとも照明レヴェルでは不要な人類によって暖を取ること以外では一切電力エネルギーを必要としない人類(当然全ての電力エネルギーは地下農場維持だけである)、移動もさして大きなコストを必要としない人類とも決別した生活形態を採っていたとしよう。
 人類は陸上生活者、地下生活者、そして海洋生活者へと完全分岐していったのである。すると次第にこの三つの人類は種分化をきたし、相互に子孫を繁栄させることなく閉じた系として生活する様になり、当然連絡もとらない様になっていくのだ。そしてその子孫になるにつれ次第に相互に他者人類存在を知らない様になっていく。
 
 同性婚を成立させるモラルの人類と、そうではない保守人類とが文化レヴェルで分岐していく世界的規模の人類分岐可能性と同じくらい、この種の地震と津波、そして原発依存型生活者と、そうではない人達による分岐可能性はある。原発依存型の人達は陸上生活を営む。尤も或いは彼等こそ太陽光発電をするべきなのかも知れないが、そもそもそれだけの平地を獲得出来ないでいたとしたら(せいぜい埼玉県くらいの平地だけが沿岸部として残存しているわけだから)原発にしか依存出来なくなっているだろう。すると核廃棄物を発展途上国の地下に買うということも出来なくなっている(そもそも地球温暖化で世界の島々は海洋へと沈没しているわけだから)ので、地下へとそれを廃棄しようとする段になって初めて地下生活を選択して突然変異ルシフェリンがウィルスの様に広まった地下生活人類と邂逅し、そこで争い事が生じる。勿論海洋生活人類は始終海賊行為をして生計を立てていたので、当然陸上生活人類もそうおいそれと外国へと渡航することを海洋レヴェルでは断念している。当然貿易はままならない状態となっている。空路だけが残されているが、そもそも貿易がままならないレヴェルで国家間のバイラテラル、ユニラテラルな関係自体が閉塞化している。結局国際社会とは物資面ではなく、あくまでウェブサイト上での文化交流オンリーになっている可能性すらあるのだ。
 世界史だけを相互に語る自給自足オンリーの世界市民の完全独立生活形態だけが世界を支配しているのだ。
 この三つの人類へと生活形態が分岐して、種分化していく可能性の壮大なる思考実験は今始まったばかりである。次回はその詳細を分岐していく時期から、完全分岐した時代への歴史的経緯から考えてみようと思う。

Friday, April 22, 2011

第十七章 五百年後の世界では人類の遺産の何が残っているだろうか?Part1

 人類の未来を考える時四五十年先なら何とか見通せるとも言えるが、五百年となると中々創造がつき難い。そこで五百年前の世界から現代迄のことを参考にすることは無意味ではあるまい。つまり人類は何を求めてきたかということはここ五百年の人類の歴史から換算していけば、今後を見通す鍵くらいは見つけられよう。
 徐々に偉大なる先人を遡っていくと、ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685―1750)、アイザック・ニュートン(1642―1727)、ディエゴ・ベラスケス(1599―1660)、ウィリアム・シェークスピア(1564―1616)、ガリレオ・ガリレイ(1564―1642)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452―1591)という風になる。すると今から丁度五百年前に偉大なる仕事をしたのがダ・ヴィンチということになろうか?
 それから現代までのことを考えると、それは加速度的に都市文明が構築され人口が増加し、科学技術が進歩した時代だったということになる。
 しかし同じ加速度的進歩が人類に今後齎されるかということになると、疑問を抱かざるを得ないという考えも考慮に入れると、人類はどういう風に進路を決定していくのだろうかという思念に及ぶ。
 しかし少なくとも世界全体が宗教とか哲学とかだけに加担して、科学技術なんでもうどうでもいいという方向に行くとはとても思えないし、芸術や文学や演劇だけに現を抜かすという方向に行くとも思えない。恐らく相変わらず科学技術は最前線で我々の文明を維持しようとしつつ、芸術、文学、演劇などを人々は楽しみ、音楽や絵画を鑑賞したり、映画や舞台を楽しむということは変わらないだろうし、スポーツは依然エンターテインメントのトップポジションに君臨し続けることらだろうし、野球やサッカーを観戦しながらビールを飲んだり、ロックコンサートを聴きながらビールやハイボールを飲んだり、ジャズを聴きながらワインを飲んだりということは変わりないだろう。クラシック・コンサートも今迄の様に礼服に身を包んで行くという習慣も残るだろう。
 しかし重要なことはここ数十年の間にあったIT情報化社会による国際的な国境の無化はそのまま継続され、恐らくビル・ゲイツ、スティーヴ・ジョブズ、スティーヴ・ウォズニャック、マイケル・シュミット、ジュリアン・アサンジ、マーク・ザッカーバーグ等が思想家として歴史に刻まれ、実際に文筆業としての思想家は一エッセイストして数行だけしか歴史書には登場せず(エドワード・サイードも)、哲学者もご他聞に盛れず、ガンディーやマザー・テレサは宗教家として残り(人道主義者はそういう側面から人生を考えていたが故に)、孔子、ゴータマ・シッダールタ、老子、荘子、イエス・キリスト、ムハンマドといった人達は神話的存在となり、今の様に聖典は残るだろうし、音楽家で世界を席捲した一部の人達は音源も残るだろう(チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス、エルヴィス・プレスリー、ザ・ビートルズ、シカゴ、クィーン、マイケル・ジャクソン他)。
 只我々の生活上でずっと残ってきている車がどうなるかということは極めて興味深いことである。今迄の様に世界中の誰しもが車を乗り回すという方向に行くのだろうか?
 それは車だけでなく飛行機もである。ここら辺がエコ的観点で気になるところではある。
 映像的な世界、つまりヴィジュアライズされたイメージの世界は益々世界を席捲していき、多機能モバイルが携帯電話とパソコンの境界を無化し、要するに移動生活は益々世界規模となっていくだろう。宇宙計画がどうなっていくかということだが、世界中で宇宙にまで旅行出来る人達はやはり一部であるということは、宇宙旅行の是非とは別に変わらないという気はする。それは宇宙に全ての人類が等しく関心を注ぐとも思えないからである。
 生殖医療・遺伝子治療も益々盛んになり、デザイナーズベイビーも今よりもっともっと増えるだろう。しかし同時にそういったこと自体への反発心も一部では根強く残る気はする。不妊治療とサロゲートマザーの共存、そしてそういったこと全体への臓器移植などをも含めた医療合理主義に対する人類の中での一部の反発心を持った人々との間の延々と繰り返される思想的対立は今よりももっと表面化していくだろうし、クローンベイビーも今よりももっと多くなるという気もする。
 地域的な紛争はずっと絶えずに残るとも思われるし、時々今でもしている米軍による空爆もなくならないだろう。もっとも五百年後も依然アメリカが世界のトップリーダーである可能性は五分五分といったところかも知れない。しかしもしアメリカ以外の国が世界のトップリーダーになっていても、尚今の様な世界秩序の様なものは維持されるだろう。
 又民族というものもなくなりはしないだろうし、民族固有の言語も少なくとも現在維持されてきている国家公認の公用語は残っていくだろう。それに対して案外クリオールやピジンなどは然程隆盛を極めないだろうとは予想される。それを無化しているのが航空技術の進歩であろう。今現在船によって世界的規模の移動をする人はことビジネスではいないからである。今よりももっと世界都市空間は均質化していくことは避けられまい。そして各国の文化遺産に対する観光産業という形で民族宗教や伝統行事は残っていくのである。
 これからは鉄道自体もトンネル(海洋や山岳も含めて)などの建設によって益々無国境化されていくことだろう。そういう意味では世界が全ての市民にとって徐々に未知の部分が少なくなっていくことだろう。勿論これからも自然の脅威は地震、津波、雪崩その他幾つも起こり得るだろうから、当然人が住める地域とは世界全体からすれば、今とそう変わりないとは言えるだろうが、人類は世界的規模で農業その他の食の確保を考えていくだろうから、森林伐採などを国際法的に罰則を設けるなどして対処していくということは考えられる。
 延命医療が人類の身体を益々サイボーグ化していくという方向も考えられるが、その点でもそういった疾病対策と障害克服に関しても尚、徹底的合理主義で考える国家規模の医療ヴィジョンと、非合理主義者が徹底的に論争していくという絵図は思い描ける。
 その根拠は次回以降考えていくことにしよう。

Monday, February 28, 2011

第十六章 世界は意図に満ちている?/快苦と慣れ②

 「部分化する観光都市モデル」は我々が居心地のよさを、修正不可能である様に思わせる惰性的性向に根差しているし、又性行為を巡り快楽と、出産時に味わう母体の痛苦自体も、それが出産後にはけろりと痛みが退くが為に又ぞろセックスに対する欲望が沸々と沸き起こるという様な相も変わらぬ快楽志向(嗜好)を我々が惰性的に理性以外に絶えず携えて生活している、ということを意味している。
 ミシェル・アンリが「精神分析の系譜」(大阪大学での講義録)で示している情感性(「身体の哲学と現象学」でも充分示されていた)や自己触発といった語彙は、まさにそういった惰性的な身体的記憶、しかもそれをもう一度味わいたいという欲求と関係がある様に思える。
 例えば我々は京都、奈良、鎌倉といった古都に対して期待するものが、個人差よりは、より一般的に日本人にとって故郷の様に思えるものによって形成されているのではないか、とそう思える。勿論日本人にとって味噌汁は地方毎に少しずつ全部味も違おう。しかしそれでも尚全国何処に行っても味噌汁が飲めるということこそが日本であり、そのことに対して、それこそが一番嫌いであると言う人の方が圧倒的に少ないのではないか?
 その意味ではこういった伝統文化的なコードへの追随とさえ思えないある種の我々による同化といったことは、記憶が身体的に、幼児体験的に遡れるものであればあるほど、それが理想の環境の様になっていってしまうということかも知れない。
 だからこそ部分化された観光都市モデルが日本を、何処に行っても山形には山形なりの、福島には福島なりの、仙台には仙台なりの良さを我々に求めさせる。
 それはやはり家庭とは寛ぎのあるものであった方がよい、と多くの人達が考える様な意味での安らぎとか憩いといったことの基本に横たわっているのではないか?
 だからある忙しない都会の喧騒を目の当たりにしてさえ、そういった環境で育った人にとって、それが一番安らぎを与えるものとして存在し得る。だから快苦の規準とは、そういう風に個々人によって極めて振幅の大きいものであり、ある個人にとっての快は別のある個人にとって痛苦以外ではなく、その逆もあり得る。
 そしてそれはまさに身体的記憶(響きとか匂いとか、或いは言葉の語呂<方言など>や、要するに外界から授受するクオリアの様々な在り方として)と密接で、それが想像力の在り方自体に個人差を与えている。 
 恐らく現象学者で天才的作家でもあったミシェル・アンリが自己触発とか情感性と呼ぶものとは、そういったことではなかっただろうか?
 そしてまさに個々人にとって異なるクオリアの在り方を我々に与えているところの環境とかそれを形成させるのに大いなる役割を持つところの自然こそが、世界自体となって、そういう風に個々人に異なった感慨を全ての事物が与えるという事実こそが、世界の非意図的な意図である、と言えないだろうか?
 その意味では我々個人が、存在者が意志するところの意図とは全く違った様相で世界自体が意図を持って我々存在者全体へと対峙している、と少なくとも私には感じられる時がある。それは特に極めて大勢の生活者や就業者達が集う大都会の喧騒の渦の中にいる時にそうである。否京都や奈良や鎌倉などを闊歩している時ですら、同じ名刹を同じ様な関心で訪れるあらゆる世代の人達の行動や表情を眺めていても感じることである。
 ある人達にとってある名刹は極めてゆるりと寛げる雰囲気であるが、別の人達にとっては全く別の名刹がそうなのである。そして私などの様に薬師寺とか唐招提寺の様な名刹にそれぞれ固有の池などを探索することに寛ぎを見出させている。西大寺には西大寺に固有の池があった。つまり池の佇まい自体に、我々は名刹の固有性を嗅ぎ取れると私は考えているのである。
 それは鉄道ファンにとって駅舎とか、駅構内の建築構造自体が、ある都市とかある地方の固有の特色を象徴している様なものとして認知し得るということとも相通じる。そして私はあの上野駅の駅舎にロマンを感じるとか、久里浜駅の駅舎に懐かしさを感じるとか、要するに個々人に異なった寛ぎ方を与えている。まさにその様に個々人で異なる寛ぎ方は世界には千差万別あるという事実こそが、世界が非意図的に意図的であろうとしている様に私には感じられるのである。
 これはある意味では極めて紀行文学的感慨であるかも知れない。しかしこの紀行ロマン的な感慨を我々に与えているのも文化という側面もあるだろう。しかしもっとダーウィンの自然選択的な真理とも大いに関わっていると思われる部分も確かにある。
 大都会東京には様々な場所があるが、ある一群の人達はある場所に、別の人達は別の場所に屯する。このパターンとは案外流動的ではあるものの、沈殿して定着している、とも言える。新宿のゴールデン街に集う人達の性格は大体似通っているとも言えるし、京王プラザホテルの喫茶で談話する人達も大体似通っていると言える。それはどういう会話をするかということで決定されている。これこれこういう会話をするには、これこれこういう場所が相応しい、従ってこれこれこういう場所を一緒に歩くのなら、こうれこれこういう友人、知人と共にが一番いいという選択は個々人である筈である。それはある歌曲がBGMとして流れてくるのが相応しい場所、逆にある場所にはある歌曲がBGMとして流されることが相応しいということがあるのに似ている。それは全く個人毎に差違はあるだろう。しかしその差異はやはり同意よりは遥かに小さいのではないだろうか?つまり概ね一致し得る相応しさに対する判断があるのではないだろうか?
 つまりその概ね一致し得る判断があるからこそ、一方では多種多様な憩いの場所があるにも関わらず、それらが案外余りにも対立することなく、共存している、ということと、モラルとかエシックス(倫理)が我々によって相互の暗黙の同意の如く何時の時代にも存在している(アンチモラル的、アンチエシックス的人生さえ、そういった同意を積極的に求めているとさえ言える。つまり反社会性にとっては、社会性が自己をアウトサイダーとかアウトローとして際立たせる存在として積極的に必要なのである)のではないだろうか?

Friday, February 25, 2011

第十五章 世界は意図に満ちている?/快苦と慣れ

 何故人間の目が頭の下に二つ左右あるのか、ということを哲学者永井均は不思議がっていたことがある。もし目が頭の全体に幾つも据えつけられていたなら我々に悟性なるものはなかっただろう、と氏が語っていたことが印象的に思い出される。
 確かに目がもっと沢山前後左右に据えつけられてあったなら、我々自身の想像力は今とは全く違ったものになっていただろう。第一後ろに振り返るという身体行為さえ必要ではない。しかしもしそういう風に我々が生まれついていたなら、それはそれで何とかなっている、そしてその事実に日常的には何の疑問も抱かずに、それが当たり前であると信じて生活していただろう。
 それはパソコンが普及して、それが当たり前になってしまった我々の生活と同じ様なことであったろう。
 かつて司馬遼太郎はエッセイで、もし現代社会に大正時代に生活していた人がいきなりタイムマシンで連れて来られたら、一週間と生きていられないのではないか、と述べていたが、私はそうは思わない。それは今生きている人でさえそういう人達もいるのだから、逆に大正時代から連れて来られた人の個々の性格や資質にも拠るだろう。つまり電子機器などの仕組みから使い方まで関心を持ったり興味を抱いたり出来るタイプの人と、そうではない人とに分かれるだろうし、余りそういうことに普段は関心を持たない人であっても、いざとなったなら、必死に習得する意志を持てる人とそうではない人とに分かれるだけのことではないだろうか?
 ジャレド・ダイアモンドの名作著作である「銃・病原菌・鉄」で紹介されたエピソードにqwerty配列のタイプライターの話がある。これは今のパソコンのキー配列である。我々は一度既に慣れ親しんでしまったキー配列に何の疑問も抱かないが、ダイアモンドによると、これは右利きの人にとっては苦痛な配列であるという考えもあったらしい。要するに使用頻度の高いキーが左に集中しているが故に、私は左利きであるが故に何の痛苦も感じないで済んでいるが、本来右利きの人にとっては使い難い筈だ、というのである。
 当書によれば「1932年には、技術的問題が解決され、効率的配列のキーボードが開発され、使用者によって速度は二倍、使いやすさも95パーセント向上することが示された。ところが、その頃には、qwerty配列のキーボードが社会的にすでに定着してしまっていた。過去六十年以上にわたって、キー配列を効率化したタイプライターやコンピュータのセールスマンや製造業者によって粉砕されてきている。」(㊦第十三章 発明は必要の母である 倉骨彰訳、草思社刊)
 このテクストは1997年の原著であるから、十四年それから更に経っているので、実に七十年以上もの長きにわたって、その慣習的なことに我々の身体感覚は指先からならされてしまっているのである。我々は不便さにも結構耐えられる先験的能力も備えている、ということになる。それは私自身にさえ経験のあることなのである。
 例えば私は左利きであるが故にかつて左利き用の挟みを購入したことがあった。しかしそれを利用しようとすると、既に私自身が左でものを切ることを右利きの挟みですることに慣れてしまっていて、既にそれを補正することが困難に感じられてしまっていたのである。つまり一旦慣れてしまったものを、「本来はそちらの方が便利である筈である」ことの方に補正することが容易になされ得る期限というものが一体あるのだろうか?
 つまりある時間的時点を越えたら、それは身体的メカニズムによってかなり補正が困難化していってしまうということがあるのだろうか?
 その意味では我々人類は既に言語行為を当然のこととして進化してきてしまっているが、ある時点迄なら、或いは今の言語活動よりも「本当は」便利なもっと有効な方法が我々にあった可能性はあるのだろうか?
 これはある意味では極めて自然科学的立証を必要とする問いであるが、同時に極めて哲学的問いでもある。何故なら我々は眼が頭の下、額の下に二つ左右にあるという事実に慣れきってしまっているが故に発想し難いことでも、或いは額にも、まさに三つ目小僧の様に目がもう一つあったなら、我々は今とは全く違った(だから容易に現時点でその際にそういう発想をするということを想像し難いことであってさえ)、しかし意外と実現したら、即座に慣れっこ(馴れっこ)になってしまう想像力というものがあるのかも知れない。
 それは我々の生殖システムの運命にも当て嵌まる命題である。
 例えば通常我々は性行為に快楽(身体的な意味での)を伴う。しかしセックスがもし今の様に我々に感じ取られる気持ち良さが全くなかったなら、我々は果たして子孫を繁栄させてこられたであろうか?
 その気持ち悪さ(仮に今の様に快楽ではなく痛苦以外のものではなかったとして)を克服する為の処方を編み出すということ自体を可能化させていただろうか?
 それは不可能ではなかっただろうか?あくまで我々は今現在気持ちいいからこそ、もしそれが気持ち悪くなりだしたなら、それを以前の状態に戻そうとするのであって、最初から一度として気持ちよくなかったなら、我々の祖先はその段階で子孫を繁栄させることが出来ず遠からず絶滅していたであろう。そして我々も当然のことながら生存してなどいなかった。
 しかし母親は、母体を痛めて出産する。これも確かである。私は男性に生まれたので、終ぞ経験し得ずに生涯を終えることだろうが、陣痛をはじめとする母体の痛苦がもしなかったなら、いやもっと積極的に出産自体が極めて気持ちよい、快楽的なことであったなら、我々は生存し得たであろうか?恐らく生物学者なら多く進化論的な合目的性に沿って「それはそれで、容易に子孫を儲けられるが故に子孫の数が溢れかえってしまい、早く絶滅していたであろう」と結論するかも知れない。しかしそれは私達人類の女性が陣痛がある、という事実を前提にものを考えるからである。実際はどうなっていたかはやはり定かではないだろう。
 精子の数は個数としては無尽蔵であるとさえ言えるのに対し、卵子の数はそうではない。生涯に女性が生める子供の数は男性に比べて明らかに閉経をも考慮に入れると、限りがある。
 ここにダーウィンも考えていた性選択の問題も絡むし、性的葛藤の問題も浮上する。
 しかしこの様な思惟を可能化することは、まず我々の前に当該の事実が存在し、それを因果論的に過去に遡及する形で考えるという習慣に根差す。仮にqwerty配列を無効化するくらいのもっと今よりずっとずっと便利なキー配列が考案され、それが未来に於いて定着していったとしよう。しかしデヴィッド・ルイス的に発想して、実は既に七十年以上も前にその配列が発見され、それが普及しきっていた世界なるものさえ実在するのだとしたなら、我々の世界とは、その可能世界の中のほんの一例にしか過ぎず、永遠にそんな配列など発見され得ぬ世界と、その世界の住人も、我々には終ぞ出会えぬであろうが、実在するということになる。
 しかしもしそういった思惟が恒常化してしまったとして、それが真に我々の未来へと向けられたヴィジョンを持つということに貢献し得るであろうか?
 その問題は当ブログには問い続けること自体に余りある命題である(それは今日本ブログで始めた「存在と意味・第二部 日常性と形而上性」に任せておくこととしよう。本ブログは進化論的視座を中心に、あくまで人類学的な考察<限りなく社会学的視点をも導入して>にとどめておきたい。又そうすることによって、ブログ「存在と意味」との協力関係を取り結ぶことが可能であろう)。
 しかし本ブログではこの命題が世界にとって意図的であるか否かという査定に於いては他の一切のブログに比して最高度に極めて哲学的な部分もある、とだけは言っておきたい。

Wednesday, February 16, 2011

第十四章 人類の転換点から読み取れることPart3 従業員全てにミクロ的視野しか与えぬ部分化する観光都市モデルのメタ名刹と管理支配への欲求

 京都は訪れる度に部分化された観光都市であるという印象を強くする。何故なら各名刹が犇き合っているが、個々の名刹は異なった宗派であり、相互不干渉を貫いてきたし、各時代毎の権力者の菩提寺があったりして、要するにそれらが相互不干渉主義的に共存しているからである。
 この点更に歴史を遡る奈良は少し違う雰囲気も漂わせている。土塀に隙間が空いていたりして、そこから隣の名刹へも行けるという形で風土的にも自然に全てが融合している。従って京都の風景は四角く視界的に切り取られたトリミングされた世界であり、風景であり、自然なのである。
 従ってある区域に犇き合う名刹の位置関係を把握しているのは、以前からその区域に住んできた人達だけである。観光所の人も超有名な名刹以外は地図を広げて調べる。
 又名刹に勤める従業員達も必ずしも京都出身者であるとは限らない。従ってキヨスクでもそうであるが、何か京都に関することを尋ねても、即座に返答が齎されることはない。「観光案内所で聞いて下さい」と言われるのがおちだ。
 しかしこの様な光景は京都の様な古都観光都市だけではなくなってきた。次第に日本中の全ての衛星指定都市がそうなっているのだ。
 かつてある会社の従業員はある地方の人達だけで、つまり自元で固められてきたけれど、今はそうではない。全ての地方の会社でも様々な地方から赴任してきた人達で構成されている。昭和三十年代迄なら、ある会社とか駅の売店のおばさん達は大体その会社や駅近辺の人が働いていた。しかし今は違う。その波は既に昭和四十年代から加速化されてきた。そして今では既にメガロポリス東京の雰囲気は多層化された都市構造となっていて、ある区域で就業する人達の大半は全く別の場所からそこに訪れている。都市自体に地域色とか地方色は急速に失われている(このことは宇野常寛も思想地図βで述べていることでもあるが、彼は郊外にそれを見ている)。
 日本中にあるキヨスクの従業員は恐らくそんなに遠くから勤めているわけではないだろうが、キヨスクから自宅までの点から点への経由する路線だけは把握していても、キヨスクを取り囲む、例えば東京の新宿区のあらましに就いては殆ど知らないということも稀ではない。第一キヨスクに勤務していたなら、駅構内のことくらいは分かっても、駅を一歩外に出た後の街のことまでは知らないということがあっても可笑しくはない。
 これは就業している職業行為習慣にも拠る。営業パーソンならかなり多くの区域を足で確めているだろうから、かなり道に関しては詳しいが、一箇所に留まって勤務する人達はそうではない。従って飲食店勤務者もそうである筈だ。
 就業時間を終えて尚同じ街で飲みに行くとは限らない。新宿から和光市まで帰宅するとしたら、途中の池袋で立ち寄るという習慣の従業員もいるだろうからだ。
 これは一重に交通機関の発達によって容易に隣接する都市から働きにこれるという事情にも拠る。つまり一箇所での労働力は多くの地域、地方から構成されるという現実を容易にした。しかもその上にネット情報で日々新たな職を求めて全国から人々が彷徨って来るわけだから尚更である。
 従って観光都市は勢い、名刹の過去のイメージを出来る限り保存しようとする意識的な、意図的な努力によって、次第に地元空間ではなく、地元の過去のイメージを恣意的に構成するという意図を、その観光都市で就業している人達(隣接する都市や、もっと離れた都市から来る人達)によって付与され、次第にメタ地元になっていく。そして各名刹もメタ名刹になっていく。
 この意図的な商業戦略自体を私は「部分化する観光都市モデル」と呼ぼうと思う。だから当然各名刹に於いてその戦略構成に参画加担している従業員は、ミクロ的にしか自分が就業している名刹の町に就いては知り得ない。つまり就業者と、その地元民との間に感覚的なずれが来たすのである。
 するとメタ名刹を抱えた観光都市は、次第にメタ名刹を巡る文化財保護の名目に於いて、地元民の意見や考えとは別箇の形で地方交付税確保術的な管理支配が蔓延っていくこととなる。そして地元民はそういった部分化された観光都市モデルとメタ名刹保護という形で税金を徴収されることとなる。
 日本の全ての法人、組織、会社は既に地方色はない。だからある会社が立地している都市自体の知識に従業員自身が疎い、暗いということは通常のことである。そこで都市案内所が各所に設けられていて、その従業員も別の都市から来ている。つまり都市空間全体が完全に日本国内でのコスモポリタンになっていき、各都市の地域、区域色は脱色される。それが現代の都市構造の顕著な特徴である。
 全ての企業、名刹はメタ化されている。メタ企業化されたカラーで動いている。ブランドだけが残る。それは我々の耳に過去の記憶を呼び覚ますからだ。
 部分化された観光都市モデルが大都会を更に複雑化している。人間が就業している空間だけは都市面積が拡張されていないのに比して飛躍的に伸びている。地下空間、地上空間が多層化している(地震が起きたら一体どうなるのだろう?)。
 しかも隣接する店が何をしているかは開店してから、前の店舗が去ってから後に知ることとなる。街全体は既に管理支配から、メタ管理支配化している。つまり部分論的な都市空間のシンボルを保全することに政治家達は躍起で、都市全体を俯瞰する能力も権限も持たない。都市計画の不可能性をも示している。又部分化する観光都市モデルをイメージとして維持していく政治家の方が尊ばれる。例えば東京都知事とは、東京の都市空間維持の為の業務と、地元民の為の利益を供与する業務とでは著しく乖離している。従業員にとっては都市空間が便利でさえあればいい。しかし地元民は暮らしやすさを求める。そこに対立が生じる。結局地元民に経済力があれば、そちらに利益が回ってくるが、企業の方が金があれば、そちらの利害が優先される。又地方都市では、地元に根を張った大企業が居座ってくれるお陰で飲食店は儲かり、関連中小企業は儲かる。しかしそのことと自らが居住する家屋を所有した市民や区民、町村民とでは、やはり利害が対立する。稀に重複することはあっても、それは概して経済力の乏しい人達が工場などがあることによって工員の為のアパートなとに住めるということで、或いは飲食店や小売商達が利害を一致させているだけである。
 つまりもっと遠い都市へと働きに出ている人達の利害は又別である。僅か自由業者達がこの両者の対立に対して中立的立場にいられるに過ぎない。
 メタレヴェルでの都市イメージの維持は、意味化された都市空間であり、観光地方のイメージ戦略であり、他地方から観光客を呼び寄せる戦略となっている。そしてメタ名刹や部分化された観光都市モデルは、次第に全国を席捲していき、無個性化していってしまう。僅かに旧来から保全されてきた家屋や名刹の建造物が歴史を彷彿させるだけである。
 この地方政治、観光都市型政治モデルは、歴史の、歴史的イメージの形而上化された結果である。そして地元民の住み心地とか住み安さよりは、そういったメタ化、形而上化された観光都市モデルの維持の方に行政も、企業経営も傾斜していくという運命に現代都市はある、と言える。
 では一体その様な無個性化されつつある現代都市空間の中で我々は如何に寛ぎを見出していくのだろうか?そのことに就いて次章では考えてみたい。

Tuesday, February 1, 2011

第十三章 人類の転換点から読み取れることPart2

 現代社会の実相はある意味では相手の出方に対して裏をかく仕方が極自然であるか否かということが勝負を決すると言える。要するにウィンドサーフィンの波乗りのタイミングに近い。
 IT業界に於ける世界的潮流はその波乗り的なタイミングによって勝敗を決してきた。例えばアップルは元祖のパソコンメーカーであるが、方式のユニヴァーサリティ自体はマイクロソフトに大きく水を開けられた。そのマイクロソフトに続いて成功を収めたのはグーグルだった。マイケル・シュミットの検索システム、ポータルサイトビジネスは世界的成功を収めた。しかしその後発組として最も成功を収めたのはアップルであった。i-Podやi-Padに於いてパソコンと携帯電話との連携プレイを確固としたユーザーニーズに直結した功労はアップルに軍配が上がる。しかし創業者でCEOであるスティーヴ・ジョブズの病気が原因で、株式相場が急落した。当然生き馬の目を抜く当業界では、フェイスブックのマイク・ザッカーバーグが日本でミクシーが先見の明があった様な意味で特権的アイデンティフィケーションシステムとして世界に先駆けた。
 要するにあるコンセプトやアイデアは端的に前時代の通念や常識の範囲から少しだけ逸脱することによって達成される。つまりマイクロソフトとグーグル、フェイスブックへのヒーローのバトンタッチ劇の間には重要な出来事があった。それはホームページからブログへの時代的移行、そしてツイッターの登場であった。
 ブログは無料のシステムだし、ツイッターは匿名的参加を可能化するシステムであり、現在進行形的な仕方で参入することが出来る。しかしそれが定着すると次第に特権化された閉じたコミュニティもあっていいという見解が出る。それがフェイスブックであった。
 似たことは文壇にも画壇にも詩壇にも俳壇にもあり得る。ある一人のカリスマ的な独断的毒舌家が三年から五年間世間を席捲したとしよう。すると次第に反社会性と反アカデミズムへの戦略的スタンスは世間一般に定着していく。例えば最近ではオタク的なアートがすっかり定着してしまった。その中で荒木経惟や森村泰昌、かつて異端的であったフランシス・ベーコンがすっかりオーソドックス的地位を獲得していった。
 異端的地位であったアートや写真やパフォーマンスが一定の社会的地位を獲得するに従って我々は次第にある種の表現的スタティズム、つまり本来のオーソドックスを求め始める。最初は潜在的に次第に顕在的に。そこでアートでも映像でも写真でも、「本来本流とか主流とは何であったか」というクウェッションが提示される様になる。
 そこで我々は今主流化して定着したかつての異端を異端化していた主流自体が既に傍流化してしまっている事実へと覚醒する。
 チュニジアの政権転覆を招聘したのがツイッターやフェイスブックであったことは記憶に新しいし、それが飛び火してエジプトのムバラク政権転覆へと民衆のパワーは炸裂している。これらの政治的メインストリームをメインストリームにしているのは、ある部分ではノーベル平和賞の劉暁波氏受賞劇であり、Wikileaksでもあった。
 世界が既に管理者、統括者の手から一般民衆の無言のネットインフォメーションへと移行しつつある。そしてある経営者が、日本ではユニクロの様にある種の巧い時代の波乗りサーフィンの様にニーズの谷間を掻い潜る様な臨機応変なタイミングを虎視眈々と狙っている。しかし当然のことながら、自分の資質に見合った形でしかその波乗りに参画することは出来ない。あくまで何か起業することを奮発させるモティヴェーションは自分の時代全体への憤懣やるかたなさから発生する。時代の迎合は短期間しか功を奏さない。
 本来的オーソドックスも異端性も常に一定期間を個々持続させながら反復する。勿論あるモードが前時代のモードの再来であったとしても正確には相同ではない。恐らく少しだけずれている。70年代に流行したミニスカートと相同のスタイルが再燃することはないだろう。それは各分野毎の専門的知による時代毎の決定がある。
 少なくとも現代社会では上から目線的な管理統轄システムが瓦解しつつあるとだけは言えよう。それは一旦最下層から反目的な眼差しを獲得したら、どんなに清廉なモティヴェーション保持者であれ、権力基盤ががたがたになっていくであろう、ということだけは確かである。
 アート界ではかつれレオ・キャステリー・ギャラリーが最前線であったが、今ではガゴシアン・ギャラリーがアルベルト・ジャコメッティ、草間弥生、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンシュタイン、ダミアン・ハースト、村上隆といった第一線、或いは古典的アーティストを扱っている。この種のギャラリートップポジションの世代交代劇は頻繁に起きている。彼等は常に最前線自体が何に照準を合わせるべきかだけを模索している。
 それはある意味では時代が彼等全体の手によって恣意的に作られてきているということを意味する。只政治的宗教的にはアメリカの影響力が弱体化しているにも関わらず相も変わらずアート市場はアメリカ主導型であることが一つの大きな矛盾点となっているのは、政治的バランスと文化的位相とのずれであろう。つまりその政治宗教的世界動向と、そのムーヴメントを尻目に展開される一種の文化的発信力自体の二重性が、今日の現代社会の矛盾でもあるし、可能性でもある。つまりアメリカのIT産業全体のクライアント的な誘引力は既に米国外的であるし、常にアジアであり中東でありアフリカであり南米である。
 ヒズボラ、ハマス、アルカイダ、アルジャジーラといったイスラム圏的ムーヴメント自体が今後フェイスブックやWikiLeaksとどう連携プレイを演じていくかということも見ものである。
 それは主流と傍流の二極乖離的二元論から、次第に主流と傍流の相互共存、主流と傍流の多元化と、ロールプレイング自体の交代的な反復といった複雑化した展開だけが期待出来る、ある部分では予想のつかなさ、それは多分に刻々と推移しつつある偶発的イヴェントの類発性だけが今後の展開を推測し得るところの反ケインズ理論的な展開が世界的規模で顕在化している人類の転回点、或いは転換点から微視的変化への覚知的未来予想を各人に強いる時代の到来と位置づけることも可能である。
 つまり大局ということが成立し難い状況下で常にオタク的ニーズ全てを捨てずに持ち駒として温存していくそのストックメンテナンスが我々に多様的な価値を再認させてくれる様なシステムである。要するに簡単に選択肢を狭めるなということと、容易に見通しを効かすことの出来なさが偶発的イヴェントの持つ次代への展開可能性を見逃すな、ということである。それは絶交のタイミング自体が常に推し量れないという諦念の受容であり、タイミングを無視して遂行しつつ、時として成果が顕在化してきた時だけ指揮権発動するということと言おうか?

Sunday, January 16, 2011

第十二章 人類の転換点から読み取れることPart1

 人類が進化論的に発生してから今日までの間に様々な一大転換があったと考えることは間違いではないだろう。只その文節点がどの時代、どの生物学的年代にあるかとずばり特定することは色々な意味で困難である。一つには何を規準に転換してきたかという査定自体が極めて主観的な判断しか出来ず、もう一つはその転換された年代特定の極めて困難であるという認識事実からである。
 さてここで私なりに一つの仮説を立てみたい。それはこういうことである。
 まず人類が人類であることを証明する重要な転換点とは人類が意思疎通し合える言語を保有し始めた事実がある。それを第一の転換点としよう。
 するとその次は様々な異論もあろうが、人類が誰しも何時かは死滅するという死に対する自覚を誰しもが抱き、その事実故に内包してしまう死への不安と情緒不安定の解決の為に何らかの宗教倫理性を獲得するということ、人生全体を意義化し得る倫理を携える様になっていった転換点が考えられる。これを第二の転換点としよう。
 それと相前後し、どちらが先とは言えないものの、否言語獲得とさえ同時期かも知れない、何らかの形での交易をする様になっていった人類の転換点を第三の転換点と呼ぼう。
 実はこのことは商行為や果ては何らかの形で物品に対する代理機能であるところの貨幣経済の移行をも含めてである。私自身の推察と仮説ではかなり古い時期から既に貨幣の代わりとなり得るものの使用はあったと考えた方が、よりその後の歴史を鑑みると理解しやすいと思われるし、又言語行為や宗教倫理性もそういった行いと不可分であると捉える方がより自然ではないだろうか?
 さて次に何が起こるかというと、やはりそれは国家という体裁が整ったということではないだろうか?これを第四の転換点と呼ぼう。
 実は近年商行為、交易よりも国家の方が後だったという考えが大分定着してきたのでこれを第四の転換点としたい。これはある意味では近代の欧州の王政とは異なっていても、やはりその礎となる様な或る種の絶対権力の形成と考えることは理に敵っているのではないか?つまり何らかの支配層、例えば日本であるなら天皇家の確立とかそれに類することは世界各地であったであろう。
 それ以後の転換点ということを考えると、かなり多文化的、多様な展開が人類史上起きたので、実はそれ以前のよく歴史の展開自体が不明であることと違って明白なことも多くなるのでその二つの別種の歴史的展開を心理的に公平に見ることも困難化する。
 そこで大きく捉まえると、やはり産業革命による大量生産技術の発明などを第五の転換点とすべきではないだろうか?(尤もグーテンベルグの印刷技術の発明はそれ以前であるし、それも大きなことであるが、それをもここでは網羅して考えていこう)つまりワットやスティヴンソンによる蒸気機関その他、或いはエジソンによる電球の発明など、それ等が人間知性として集積された形でフォードによる自動車の発明、それ以後新聞の発明、ラジオ、テレビの登場、そしてコンピューターの歴史へと移行し、現代へと至るわけだ。
 
 ここで考えるべきはどの転換点が一番重大であったかということではない。つまり重要な捉え方とは、どの転換点もそれなりに何らかの形で人類に於ける根底的な意味での発想とか考え方とか習慣を変えてきたということである。つまり生物学的には恐らくDNAレヴェルでは人類は言語獲得以前とそれ以後ではそう変わりないだろうし、そういった意味では人類という種の発生から今日まで然程の変化は生物学的にはない。
 しかしにも関わらずある部分では極めて我々自身の行為に大きな変革を齎したであろうことは、今迄述べてきた全ての転換点では行為としての習慣に大幅な転換を齎したであろうということである。つまり考え方の変化、行為習慣の変化自体が今迄述べてきた転換点を境にがらりと変わることは大いにあり得る。
 言語行為のなかった時代からある様になった時代では、既に情報摂取という意味合いから激変がある。つまり無駄な労力が極度に節約出来る。それは今日の様にブログ、ツイッター、フェイスブックなどが登場する時代にまで共通して言えることである。全く知人のいない人と大勢の知人のいる人とでは情報摂取的な意味では大きな差がある。
 それと同じくらいに人間の生涯は必ず終わりもある。つまり死というものの自覚のあるかないかでは、大きな違いが生じる。それは生全体の意味、意義をどう捉えるかという発想の転換が必要となる。死を理解出来ない内は或いは言語行為さえ可能ではないという見方も成立し得るが故に、第一の転換点と第二の転換点もほぼ同時期であったという考えもあっておかしくはない。その意味では私が述べたこの転換点の仮説は前後関係自体厳密なものではない。
 東浩紀の考える様に現代社会のツイッターなどに皆が参加して誰しもが意見を言える様になってきたこの変化を、かつて一部の人達だけが、つまり端的にエリートとかインテリ達だけが意見をする権利があった時代にあった、要するに確立された意味の世界から、欲望自体が露出した時代、つまり意思疎通欲求自体の方が意味よりも重視される時代、即ち人類の最初の転換点と私が設定した時代精神に立ち戻ったと捉えることも可能である。
 しかし現代社会のこの大きな変化はそれ以前的にはやはり新聞、テレビなどが登場したということを基礎にしている。その情報網の確立の上で成立した一つの文明的転換点が現代なのかも知れない。
 例えば我々は車のない社会というものを想像し難い。その意味ではフォードが車を発明したばかりの頃の人類は今の様な完全なる車社会の到来を予想し得た人はいただろうが、実際に現代の様になるなどとまでは想像出来なかった人も大勢いた筈だ。
 それは映像に関しても言える。例えば最初に工場から人が出て来る姿を映した映画を上映したリュミエール兄弟による蒸気機関車の映像を見た観客は席から立ち上がって逃げ出した(蒸気機関車が迫り来る映像が機関車の前方から撮影されたものだったが故に)。しかし今現在どんな凄い映像を見せられてもそうする者はいない。
 それを考えると、我々は行為習慣というものを慣れという形で、記憶に留め、それは端的に一々愕かないということに尽きる。現在パソコンを利用することを便利だと新鮮な感動を味わう人は極めて少ないであろう。それは自動車を見慣れたことと同じである。
 と言うことは今現在大半の情報を本だけで得ている人、或いはそれ以外ではテレビに頼り切っている人と、パソコンも多いに活用している人との間で大きなデジタルディヴァイドがある様な意味での個人毎の差は大きくなりつつあるとは言えるだろう。
 例えば今は未だツイッターをしていない人、ブログもしていない人もいるだろう。しかし後十数年経てば、恐らく今現在車を生涯で一度も見たことのない人が皆無である様な意味で、既にインターネットだけでなく全てに於いてそういう人自体が消滅しよう。
 そして私が想像する数十年後には最早後戻りはしない様になっていくであろう変化とは、国家観というものである。私の想像がもし正しければ、恐らくその転換点が第六の転換点である。それは国家以前の個人という考えの徹底化である。
 例えば私達は生まれて直ぐに両親とか育ての親とかそれに類する年長者の行為を観察する。そして次第に言語秩序から意思疎通欲求を発現して意思疎通する様になる。これは発達心理学、現象学その他に於いても既に多く考えられてきた。
 しかし次第に公的であるとはどういうことであるかということで、地域社会を皮切りに国家とか民族ということを考えていく様になる。その意味では民族は消滅しないだろう。これは永遠に続行されるに違いない。
 しかし国家観はそれとは別箇に極めて大きな変化を来たしていくことだろう。それは別ブログ「トラフィック・モメント」や「Nameless-valueの考えてみたいこと」でもかなり頻繁に論じてきたことなのだが、政府や国家の支配自体がかつての様に万能である様な状態は既に維持しきれなくなってきているということである。
 それを象徴化する事件こそが尖閣列島中国漁船衝突事故映像の流出事件であったし、一連のWkikLeaks事件であった。
 人間の行為習慣は言語行為が常習化することで、完全自立から協力体制へと移行していった様に、様々なテクノロジーの発明や開発によってがらりと変わる。今東京から大阪まで徒歩で旅する人は、そういう敢えてするトライアル(それは自転車などで日本一周する様な意味で)以外ではあり得ない。従って交通機関が当たり前になって以降の人類は電車を利用するという行為が当然の行為となり、驚きは消滅している。それと同じことはパソコンでも言える。既にアマゾンなどで商品を購入すること自体に我々は愕きを示さなくなった。それは情報摂取でもそうだ。恐らく今の二十代の人達が老人に近づく時代では既に情報摂取の仕方自体が多様化し、今現在のテレビは既に今現在の映画よりももっと後退し、弁士が活躍した時代の無声映画にさえ近くなっていることだろう。
 それは要するに今現在のレコードの様な地位になっているだろうということだ。
 そしてその変化は恐らく国家観とか経済圏観自体を大幅に変更させるだろう。
 勿論先程も述べた様に我々日本民族もその文化習俗も消滅はしない。神社仏閣も古事記日本書紀や、万葉集、古今新古今和歌集などの文学的伝統や花伝書などの能、狂言、歌舞伎、浮世絵といった全ての偉大な日本文化は残存し、長く貴重なものとして捉えられ続けよう。しかしそういった文化的器を今迄は盛ってきた国家観自体は大幅に変更される、否今現在の様な形ではなくなるだろう、ということは想像出来る。
 一つには第三の転換点であった交易、商行為の在り方自体が、情報摂取を基軸に展開していくだろうからである。例えばこれ迄(パソコン登場以前)は概ね買い物とは商品を目の前に見てそれを購入していた。しかし今では既に商品自体の情報をパソコンその他で認知しておいて、然る後、安価で情報摂取手段であるパソコンを通して購入する、しかも世界各地から容易に物流システムを利用して行うということが常習化している。
 この変化は実は極めて大きなことである。この変化は既に農産物自体が世界各地から全世界へと配送されるシステムの確立によってある程度予想され得ていた。
 次第に物流システム自体の前では国境は無化されつつつある(否既に消滅している)。
 確かに言語、文化といった面から人類は日本民族には固有の考え方の遺伝子とか神社仏閣に赴いた時にする行為習慣など(初詣などを含めて)変わりなく永続しよう。
 しかしそれを盛る容器としての国家観は大幅に変更を余儀なくされる。例えば政府の持つ権限とはそれ自体かつてとは比べものもないくらいに激変してきている。
 その一つが私が他のブログ(「トラフィック・モメント」や「Nameless-valueの考えてみたいこと」など)で大きく取り上げてきたマスコミ、マスメディアである。これまでは既にマスコミ、マスメディアが自然と同じくらいに我々の生活に愕きを齎さぬものとして否定的媒体として、或いは批判対象として取り扱ってきた。勿論マスコミ、マスメディア自体は批判され続けるべきものではある。しかしそれは消滅していいものではない。
 その意味では話を戻すが、政治自体が既にマスコミ、マスメディアから別箇に独立した権力を保持し得たのは、戦時中の特殊な時代を除いて、新聞とテレビが登場して以降は一度としてなかったと言ってよい。そしてその傾向はここ数年でも益々極まってきている。
 一番顕著なことは、小泉政権以降日本でも極めて政治家が多弁、饒舌化してきたということだ。これは総理によるぶら下がり会見などが常習化していったのと期を一にしているのだが、要するにかつての談合主義的な様相は影を掠め、次第に政治行為自体が密室行為から完全に離脱してきたと言うことが出来る。このことは小泉流ワンフレーズポリティックという考え方自体が、小泉竹中経済政策路線の功罪とは別箇に常識化したと言うことが出来る。既に政治家はNHKで放映される国会中継での発言の仕方からその井出達から何から何まで演出を要求されている。これは戦後直後の世界ではあり得なかったことである。
 つまり端的に政治、政府、国家が経済、文化活動から何から何まで動かすということ自体が不可能化してきているということを意味する。
 政治が国家や国民を動かすということは実は古来より幻想であったとも言える。しかし少なくとも産業革命期から大量生産が可能化して以降、GNP、或いはGDPという形で国家百年の計的な意味合いで論じられてきた様に、ある程度それ相応の政治的支配とか国家統率的論理は最近まで通用した。しかし我々は本論タイトルにある様に、意図的であるか非意図的であるかに関わらず、既にあらゆる世界市民にある程度平等に捧げられている情報自体が人々の生活習慣から何から何までも規定する行為習慣、そして政治や経済まで操作しているということは問うまでもない。情報摂取は既に欲求でも欲求駆動でもない。それ自体が我々の行為を規定する。これは我々が最初の転換点である言語獲得と同じくらいの重みを持っている。既に政治家、とりわけ国会議員はかつての貴族院議員的ステイタスである。
 政治は情報と我々自身による情報摂取行為習慣が齎す。そして各地農産物や水産物全体の物流を統括するのも世界気候的情報である。そうなってくると、必然的に国家という形で纏まっていた共同体が地域性と地方の特殊性に対する理解と情報の共有という形に変質してきているので、当然国家という体裁は二の次となっていく。
 勿論今でも問題化してきている北朝鮮問題の様に国家観の軋轢は存在し続けよう。しかし例えば軍事的プレゼンス自体も、仮に日本が憲法改正をして自衛隊を自衛軍としても(今現在の政権の仕方では大分遠退いているとは言え)尚、それはかつての様な国家対国家の全面戦争を可能化する様なものではないだろう。
 何故ならそういったことをするメリットがどの国家にも見当たらないし、どの為政者にもないからである。だが当然何時の時代にもテロリストもいるだろうし、国家転覆を狙う輩も登場する。従って世界の軍事プレゼンス自体が消滅することはないだろう。しかしにも関わらず恐らく私の想像では徐々に核兵器保有による抑止力行使自体が無意味化していくのではないだろうか?つまり核兵器自体の維持には莫大の負担もかかるし、これ迄にそうであった様な意味で世界環境問題の観点から言ってもデメリットが大きい。従って我々の手によって少しずつそれらの維持の無意味観が立証されるに従って最低限の軍事プレゼンスと各国による応分の軍事負担の分担が世界秩序で話し合われ、最低限何処かの国だけが独裁的に核開発を推進しようとするアウトロー的トライアルを未然に阻止する様な世界視システムが構築されていくことだろう。
 その様な現実の前で既に世界では情報摂取とそれによる世界秩序が全面にどの個人に於いても至上命題化していく。その際に我々人類は既に国家観自体が盲腸的存在理由化していることを覚醒していくだろう(既に若い世代の人達は大半がそうである)。勿論民族や文化自体は消滅し得ない。しかしそれを盛る容器としての国家の体裁は極めてここ十数年の間に変化していくことだろう。多国籍企業とかそういうレヴェルだけの問題ではない。
 勿論国土という形では今日本各地で山や田畑などが中国人に買い占められている実状が問題化しているが、当然保全という形で法整備的にも国家は存在し続けよう。しかしにも関わらず、土地所有とか住民の民族構成自体は然程大きくは変更されずにいても、尚世界市民性と個々の個人の生存事実と、その自己主張の方がより国家帰属性よりも肥大化してくという現実は変更され得ないのではないだろうか?
 つまりその修正不可能な路線に於いてのみ、国家の在り方、各地方の習俗や名産物保持、或いは軍事的プレゼンスや防衛的ニーズが問われ、それを遊離した形では決して統合や統括、或いは統制ということが不可能化していくということが現代以降の世界の在り方の一大転換点であり、それを第六の転換点と捉えたい、ということが私の今現在の最大の仮説である。